L'Amant 7

 校内でセブルスを見かけると声をかけることにしている。同じスリ
ザリン生の一年生たちと一緒にいるところに私が声をかけるとセブ
ルスは少しばかり誇らしそうな表情になって私の傍に駆けてくるの
だ。私たちが話し終えるまでスリザリン生は大抵待っていて、戻っ
てきたセブルスに私との会話の内容を訊いている様子なので、時
にはちょっとした伝言をセブルスに託すことにしている。私という後
見ができたセブルスを疎外するスリザリン生は最早いない。
 セブルスとグリフィンドールの悪餓鬼どもとは相変わらず諍いが絶
えず、私も見かけた場合には諫めるふりをしてグリフィンドールから
減点しているのだが、セブルス曰く四人組らしいのに未だに3人ま
でしか確認できていない。それがシリウスたちの胡散臭いところだ
と私は考えている。友達というものは大抵共通点があるし、どこか
似ているものだからだ。
「これはまたシリウスたちにやられたのか」
とほっそりとした首についた痛々しい縄目を指で撫でると、泡風呂に
浸かっていたセブルスは忌々しげに頷きながらそっと後ずさった。
多勢に無勢だったというのに負けたことが悔しいのだ。セブルスの
そういう勝ち気さは可愛らしくもあり、可哀想でもある。
私の一存で監督生専用の風呂をセブルスにも使わせているのだが、
今のところ他の監督生から苦情はきていない。私は夜更かしだし、
セブルスも私が止めるまで一心不乱に勉強しているので、入浴す
る時間が遅くなりがちということと、稀に誰かと居合わせてもセブ
ルスの痩せ細った、時に傷まである身体を見たら、優等生らしく勝
手に事情を察してくれているらしい。最も私が気をつけているので
セブルスの状態は以前よりかなりましになっている。
「今度、同じ目に遭いそうになったら、縄が本人に巻き付く呪文を
かけてやれ」と、私が呪文を教えるとセブルスは私の口元をじっと
見てから復唱した。湯に浸かっているので、普段は血色の悪いセ
ブルスの頬もほんのり桜色に色づいている。杖がないので、指を
振りながら呪文を唱える様は年相応に幼くて可愛らしかった。
ふと、弟がいればこんな感じなのかもしれないなと思ったが、私に
は今まで弟候補がたくさんいたことを思い出しておかしくなった。
私が弟にしたいと言ったこともあるし、相手が弟になりたいと名乗り
を上げてきたこともあった。疑似近親相姦だ。知らずに笑みを浮か
べていたらしい私をセブルスが怪訝そうに見つめていたので、
「そろそろ、寮に戻ろうか」と声をかけて心地よい温度と香りの湯か
ら出るとセブルスもすぐに私の後に続いた。なるべく素早く着替え
を済ませようとするセブルスをからかうのが楽しい。わざと私がゆっ
くりと肌の水滴をタオルで拭いていると、急いで着替えたセブルス
が目のやり場に困って、濡れている髪をタオルでやたらに擦るので、
「こら、そんな乱暴にすると髪が傷むぞ」と、注意してから髪を乾か
す呪文をかけてやると、つやつやとした黒髪の水分が一瞬にして
飛び去り、頬にふわりと一束の髪が被さった。神経質な細い指が
顔にかかっている髪をさっと後ろに払う。
「ありがとうございます」と律儀に礼を言うセブルスの洗い立ての清
潔な頭を撫でると、困惑したような表情をされた。セブルスはスキン
シップに慣れていないようで、私が触れるとよく固まってしまう。最
近ではそれがセブルスの個性だと思うようになったが、なんだか寂
しくもあるので、何かにつけてセブルスに触れてしまうのだ。
 家から梟便で菓子が届いた。正確にはセブルスに食べさせようと
思って、手紙を送って届けさせたのだ。セブルスの家からは菓子は
おろか手紙すら届かない。家庭の事情があるのかもしれないが薄
情な親だ。貴族主義で普段は子に無関心な私の両親でも私が一年
生の時には梟が疲弊するほど手紙や荷物を送って寄越したものだ。
ホグズミードに行った時に、思いついてハニーデュークスでセブルス
に魔法菓子を買ってきてやったら、意外なほど喜ばれた。セブルスは
マグル界育ちなので、魔法界のものは駄菓子でもとても珍しく思うら
しい。私は家への手紙に、
「魔法使いらしい菓子を送ってほしい」と書きかけて、自分で吹き出し
そうになってしまった。我が家に魔法使いらしくないものなどないに
決まっているからだ。
 我が家のしもべ妖精に送らせた菓子の箱を持って寮の部屋に戻る
と、セブルスは不在だった。大方、図書室で本を貪り読んでいるか、
自習室で勉強しているのだろう。菓子箱を置いてから部屋を出ると、
「おチビちゃんを迎えにいくのかい」と、揶揄混じりの声がした。振り
向くまでもなくマルシベールだ。
「すごい可愛がりようじゃない。風呂も監督生専用に一緒に連れて
いってるんだってね。身体も洗ってやるの?」
マルシベールは私の前に前かがみになりながらまわってきて、私の
顔を覗き込んでくすくす笑った。
「セブルスを監督生用の風呂に入れているのは寮内で虐めに遭って
いたから保護措置としてだ」と説明したが、本当はセブルスは心配
だが、今更、寮のシャワールームを使うのが嫌だったからだ。
「でもこの頃はそうでもないんじゃないの。あの子、ルシウスのお気
に入りだから一目おかれるようになってるよ。まぁ、別の恨みをかっ
てるかもしれないけどさ」とマルシベールは楽しそうに私を見た。
「マルシベール、セブルスに構うな」
「えー、俺はあの子気に入ってるんだよ。気骨があっていい。育ちが
悪いらしいのにね」そう言うとマルシベールは自分の部屋にぶらぶら
と歩いて行ってしまった。部屋に戻ろうか迷ったが、結局、セブルス
を探しがてら寮を出た。地下から地上に出ると、まだ日差しが眩しい。
まずは図書室に行ってみようかと人通りの途絶えた廊下を歩いてい
ると、目の前をセブルスが横切ったので驚いた。いつものようにたくさ
んの本を抱えて猫背になって歩いていたが、意外な連れと一緒だっ
た。グリフィンドールのネクタイをした魔女だ。燃えるような赤く長い髪
にエメラルドの瞳の妖精のような美少女でスラグホーンが絶賛してい
たグリフィンドールの一年生だとすぐにわかった。容姿に優れているだ
けでなく、生き生きとした才能が内から輝き出ている。確かに魅力が
あると認めざるを得ない。私の好みからすると健康的すぎるが。
「プロフェッサー・スラグホーンがリリーのことをとても誉めていたそう
だよ」と声を弾ませて伝えるセブルスに、、
「ふうん、誰に聞いたの?、セブ」とそれほど関心のない感じの返事が
聞こえた。セブルスのことをセブと呼ぶところを見るとかなり親しい間
柄のようだ。
「ミスター・マルフォイ。監督生でとても親切な人だよ」
「あぁ、あの気取ってる人。グリフィンドールからしょっちゅう減点して
るでしょ」とリリーは形の良い眉を顰めた。
「あれはポッターたちが…」
「わかってるわよ、セブ。あいつらが悪いってことは!」
リリーがきっぱりした口調でポッターを悪く言うと、セブルスの表情が
目に見えて明るくなったが、リリーが何か思い出したらしく綺麗な顔を
曇らせた。セブルスは目敏く気づいて、
「心配事があるの?」とおずおずとリリーに問いかけた。
「ペチュニアから手紙の返事がこないの…。パパとママは送ってくれる
のに」ペチュニアというのはリリーの姉妹の名なのだろう。趣味の悪い
命名だ。自分は一通も手紙をもらったことなどないというのにセブルス
はリリーを一生懸命慰めようとして話しかけている。リリーはろくに聞
いていないようだったが、そのうち気を取り直したらしく、ハンカチで目
元を抑えると笑顔を見せたのでセブルスもほっとしたように不器用な
笑顔になった。リリーが外に行きたがったらしく、そのまま二人は夕暮
れ時の校庭に出ていってしまった。同じくらいの背丈の二つのローブ
が仲睦まじく寄り添って走っているのはひらひらと舞う蝶の動きを思わ
せた。セブルスは私に気づかなかったし、一度も振り返らなかった。

(2013.8.19)
 

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