L'Amant 5


 スラグホーン主催のスラグ・クラブの退屈な集まりを適当なところで
抜け出して寮に戻り、部屋の扉を開けると、同居しているセブルスは
いつものように自分の机に向かって熱心に勉強していた。セブルスの
知識欲は貪欲で止まるところを知らない。勉強なぞ要領よく済ませて
おくものだと思うのだが、セブルスはご馳走を与えられた飢えた犬の
ように鬼気迫る勢いで日々知識を平らげている。そっと閉めた扉の前
に立っている私の気配にようやく気づいたセブルスが身体を捩らせて
ぺこりと頭を下げた。顎より少し下で切り揃えさせた髪型が似合って
いる。セブルスの黒髪は切ってみると癖があって自然にうねるように
なり、それが顔立ちの険しさをやわらげていた。それにしても、毎日、
おはようとおやすみなさいの挨拶はしているのだが、こういう場合は
おかえりなさいと一声あるべきだと思う。おかげで私もただいまと言
いそびれてしまったではないか。
 セブルスは警戒心が非常に強い性格なのかなかなか懐いてこな
い。その癖、呪文や魔法史について私が教えてやると、黒い瞳を輝
かせて熱心に聞き入り、続きを強請るのだ。はっきり言って相当変わ
っているが、この頃ではセブルスが興味を示しそうな事を考えて話し
かけたり、あえて教え渋って焦らしてみたりしてセブルスの反応を楽
しむようになっていた。
「スラグホーンのところで出される菓子は甘ったるいものばかりで喉
が渇いてしまったからお茶を飲もう。セブルスもつき合え」と、声をか
けると、セブルスは読んでいる本の頁に栞を挟んでそっと閉じた。
セブルスが棚から茶道具の載った盆を出して、テーブルに運んでき
たので、私が紅茶を淹れる。いつの間にか、そういう役割分担に自
然になっていた。
「そういえば、スラグホーンから聞いたが、魔法薬学の授業の時、優秀
な出来でスリザリンの得点に貢献したそうだな」
 自分が入れた紅茶の完璧な味わいに満足しながら、セブルスに話
しかけると、「はい」と返事があった。この話を帰ってすぐにしたかった
のに、セブルスのせいで今になってしまったのだ。
「忘れ薬で、10点もらいました」
セブルスはさりげない口調だったが、やはり嬉しそうにしている。
「これからも頑張るんだぞ。クディッチの試合は大きな得点源だが、寮
杯を獲得するには寮生一同が協力しないといけない。皆の日々の努
力こそが大切だ」と柄にもないことを話してしまったが、セブルスは真
面目な表情で頷いた。
「セブルスに加点するのはいいとして、スラグホーンはグリフィンドール
にも大盤振る舞いしたそうだな。嘆かわしいことだ」
本当にスラグホーンときたら、自分の寮生であるセブルスよりも、グリ
フィンドールの何とかいう一年生を褒めることに話の大半を費やしてい
たので、私は内心苛々していたのだ。だから適当なところで抜け出し
て帰ってやった。
「でもリリーはとても上手くできていましたから」と、セブルスが躊躇い
がちな口調で言葉を挟んできたので我に返り、セブルスの顔を見た。
「リリー? あぁ、グリフィンドールで得点をもらった者の名か?変わ
ったファミリーネームだな」
「リリーは名前です。リリー・エバンズ」
「ふうん、そのリリー・エバンズはスラグホーンのお気に入りらしいな。
まだ一年生なのにスラグ・クラブのパーティに誘いたがっていた。そん
なに優秀なのか?」と、尋ねてみると、セブルスは即座に肯定した。
セブルスは負けず嫌いだと思っていたのだが、意外に謙虚なところも
あるようだ。
「プロフェッサー・スラグホーンはリリーの、ミス・エバンズのことをそん
なに誉めていたのですか?」とセブルスに尋ねられたので、
「あぁ。別に気にするな。セブルスのことも誉めていた」と慰めておく。
スラグホーンは、今頃になってセブルスの才能に漸く気づいたらしい。
全く、遅すぎる話だ。それも私が何くれとなく世話をして、本人の身な
りをましにし、周囲への根回しを整えてようやく、自分の寮の一年生に
目を留めたとはあの禿のセイウチは全く無責任だし、老いの兆候も見
られる。もっとも、抜け目なく監督生の私の尽力を誉めてはいたが。
「グリフィンドールと言えば、あの悪餓鬼どもは相変わらずか?」
 話題を変えると、セブルスは一転して眉間に縦皺を刻んで頷いた。
グリフィンドールのシリウス・ブラックとジェームズ・ポッターと、セブル
スは相変わらず険悪らしい。顔を合わせれば喧嘩しているのだ。
セブルスが口を歪めて言うには、ホグワーツ特急の中から既に無礼
なことをされたらしい。組み分け帽子を被る前から揉めるなど根本的
に合わないのだろうし、喧嘩というより、寧ろ苛められているのでは
ないかと思うのだが、この場合はセブルスの負けず嫌いは遺憾な
く発揮されているのでうかつに慰めることは憚られた。
「しかし、相手が二人でも怯まないところはいいぞ」と誉めてみたら、
「四人です」という返事があった。
「四人?」予想外の指摘に思わず聞き返してから、考えてみた。
「シリウスとポッターの傍に立っている顔色の悪い貧乏臭い子がいたよ
うな気がするな」
セブルスがこくりと頷いた。しかし、もう一人がどうしてもわからなかっ
たので、セブルスに名と特徴を説明させたが、結局わからなかった。
「まぁ、どうせ取るに足らぬ奴だろう。そんな奴のことは気にするな」
セブルスはこくりと頷いてから、両手でティーカップを持って紅茶を飲
んだ。行儀が悪いが、セブルスのその仕草は私の気に入っているの
で叱らなかった。どこか小動物めいていたし、私に慣れてきたのでは
ないかと思わせるところもあったからだ。
 それからしばらくして、大広場のスリザリン寮のテーブルでいつも
のようにセブルスを隣に座らせて朝食をとっていた時のことだ。食が
細いセブルスの皿に私がベーコンやゆで卵を追加していると、グリフ
ィンドールの生意気なシリウスとポッターがわざとらしく私たちの横を
駆け抜けざま、
「情けないな、年上に面倒見てもらって」とセブルスを揶揄してきた。
セブルスが立ち上がるより早く、私は「グリフィンドール、5点減点」と
振り向きもせずに宣告した。
「何も悪いことしてない!」
 私の減点宣告を聞いたシリウスとポッターが猛烈に抗議してきたの
で、言葉を付け足した。
「バタバタ走るせいで埃がたって汚い。目上の者に対して生意気な口
を利いたから、もう5点減点する」
「おや、二人いたのか」と私はゆっくり振り向いてから、眉をつり上
げて見せた。「では減点は二倍だな」
 私達の騒動を察知したグリフィンドールの監督生(名前は知らない)
がこちらにやってきた。シリウスとポッターが口々に文句を訴えたので、
「おや、年上に守ってもらうつもりか?情けないな」
と鼻で嗤ってやると、バツが悪そうに黙り込んだ。グリフィンドールの監
督生も常々、シリウスたちがセブルスを苛めているのではないかと疑
っていたらしく、減点そのものには抗議しなかったが、二十点の減点は
厳しすぎるのではないかと交渉してきた。私は仕方なさそうに同意して
から、シリウスとポッターに、
「君たちは一人だと半人前らしいな。私は君たちを尊重したつもりだっ
たが」と周囲に十分聴こえる程度の声で話しかけた。スリザリンのテー
ブルに忍び笑いのさざなみがおこったので、二人とも悔しそうな顔にな
ったが、グリフィンドールの監督生に大広間の外に連れて行かれた。
私がセブルスに食事を続けるように言うとセブルスも気を取り直して、
慌てて皿のベーコンを食べだした。
 その日は一日中私は気分良く過ごした。あいつらを合法的にやりこめ
る方法を暫く前から模索していたのだ。思ったより単純で馬鹿な連中な
ので簡単に上手くいった。私があらかじめあの二人を懲らしめてやるつ
もりだったことを、夜、また二人でお茶を飲んでいる時に、セブルスに話
して聞かせると、セブルスもなかなかに意地の悪い笑みを浮かべたので、
私もにやりと笑い返したが、ふと思いついて、
「礼をもらおうか」と言うと、セブルスは困惑した表情になった。私に何か
意地悪を言われていると思ったのかもしれない。私はセブルスに近づ
き、上半身を屈めて、顔をセブルスの小さな顔に近づけ、唇を合わせた。
軽く触れてからすぐに離れたが、セブルスはぽかんとしていた。特別な
感情があったわけではない。ただの気紛れだ。

(2013.7.13)

 

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