L'Amant 4

 新入生の問題児セブルス・スネイプを私の部屋に引き取った効果は
すぐに現れた。私は大広間に食事に行く時などは必ずセブルスを連
れて廊下を歩いてあえて人目を集めることにしたし、寮の談話室で同
級生たちと談笑している時に、セブルスが通りかかると必ず呼び止
め、少し話したり、その場に加わらせたりした。要するにセブルスの
後見を買って出たことをアピールしたわけだ。我がスリザリン生は上
下関係を重視し、利害関係に極めて敏感なのでほどなくしてセブルス
はスリザリンの同級生に普通に話しかけられるようになり、グリフィン
ドール生と対立する際にはスリザリンの身内として扱われるようにな
ったらしい。私もセブルス・スネイプについて興味本位な質問をたびた
び受けたので、セブルスの印象が多少は改善されるように考えて答
えていた。そのうちスリザリンでセブルスを苛めていた連中の目星が
ついたので、さりげなく牽制しておいたが、私一人の見解だと角が立
つので、スラグホーンやダンブルドアが関心を寄せていると匂わせた
のだが、効果は覿面だった。
「あんたの趣味、随分変わったんだね」と寮の談話室のソファで寛い
でいる時、私より3学年下のマルシベールが面白そうに私に話しか
けてきた。私達は家同士の付き合いがあり、お互いに子供の頃から
よく知っている仲なので、マルシベールは年長の私と対等な口をきく。
セブルスとはタイプが違うがマルシベールも孤立しがちだったが、本
人はまるで気にしていないばかりか、ちょっかいを出す輩は命の保証
がないと知れ渡っていたので、ある意味放置しておいてもかまわなか
った。
「最近、あいつのこと連れ回してるけど、スラグホーンから頼まれたわ
け?」
「あいつとは誰だ」とわざと聞き返すと、「一年生のみすぼらしい蝙蝠。
セブルス・スネイプ」と馬鹿にした口調で返された。
「今年の寮杯は絶対にスリザリンが獲得するのだからな。内部で揉め
ている場合ではない。おまえも闇の魔術は校内では慎め」
マルシベールは両手を広げるジェスチャーをしておどけたが、目は少し
も笑っていない。
「面白い奴なら、あんたが卒業したら俺にくれよ」と今度は笑顔を作っ
て提案してきたので、「馬鹿馬鹿しい」と一蹴すると、「ふうん、本当に
結構気に入ってるんだね」とマルシベールは私の顔をじろじろ眺めて
どこかに去っていったので、私は溜息をつくしかなかった。
 羊皮紙を羽ペンがカリカリ引っ掻く音を絶え間なく聞きながら、ソファ
で書店から梟便で配達されてきたばかりの小説を読み耽っていたが、
ふと、時計を見ると、日付が変わりかけるところだったので、一心不乱
に勉強しているセブルスに声をかけた。
「セブルス、もう寝る時間だ」と言うと、セブルスは今日は土曜日なので
もう少し起きて勉強したいと訴えてきた。先程、風呂に入ったというの
に手はもうインクで汚れている。明日は爪を切らせないといけない。セ
ブルスは部屋ではいつも本を読んでいるか、レポートをまとめているか
して過ごしていて、元の部屋の同居人たちと上手くいかなかったのも、
セブルスの協調性のなさが一因だとわかった。私は年長の立場なので
あまり気にならないが、セブルスの個性は11歳ではまず理解できない。
「睡眠をとらないと背が伸びないぞ」と揶揄うとむっとした顔をされた。
こういうところは年相応だが、同年代の者ではこういう感情を引き出せな
いに違いない。セブルスはかなりの取り扱い注意物件だが、なかなか
面白い子なのに。
カーテン付きの寝台にこっそり本を持ち込もうとするセブルスから、本を
取り上げて寝台に放り込んだ。
「おやすみ、セブルス」と額に口づけると、「おやすみなさい、ルシウス」
と返事があった。同居するにあたって、私のことをファーストネームで呼
ぶようにと言ったのだが、当初、セブルスはかなり躊躇していた。それ
で、朝と夜の挨拶時には必ず名を呼びあうことにして徐々に慣らしてい
ったのだ。今では先程のようなやりとりも毎日のようにしている。面倒な
ことを引き受けてしまったと思っていたのだが、意外なことにわりと楽し
い。セブルスに様々なことを教えるのは、少しも苦にならないばかりか、
こちらも面白いことが多いのだ。こういう経験は他の者としたことがなか
った。
 同居する前に聞いていた、セブルスについての噂はやはり大半が出鱈
目で、闇の魔術に精通しているわけもなく、教科書を暗記していただけだ
ったし、森番の家畜を黒魔術の生贄にしているという噂だったが、セブル
スは動物が苦手で、肉もあまり好きでないので食べさせるのに苦労してい
る。私は社交上、狩の経験があるが、セブルスは動物を殺した経験はな
い筈だ。ただし、セブルスがあの年齢にしてはかなり高度な呪文ができる
のは事実で、教えれば、たちどころに理解してマスターしてしまう。魔法力
が強いというよりは、魔法使いであるという自負が恐ろしく強いのではない
かという気がする。伸び縮みの呪文も一度教えただけでマスターして、飽
きるまでセブルスの寝台のカーテンの丈がしょちゅう変わっていたものだ。
だから、魔法使いらしい振る舞いについて私がレクチャーするといつでも
熱心に食いついてきたので、勢い私もセブルスにあらゆることを講釈する
ことになった。奇妙と言えば奇妙だが、そのようにして私たちは打ち解け
ていったのだった。
 日曜日は、クディッチの試合を見に行くこともあったが、大抵の午後は部
屋で一緒にお茶を飲むことが多い。しもべ妖精が心得ていて、三時過ぎに
はテーブルに茶道具と出来立ての菓子が載った銀の盆が現れる。セブル
スは最初、銀の盆が出現することに驚き、それがしもべ妖精独自の魔法だ
と教えてもまだ不思議がっていた。魔法界で育っていないと、どうでもいい
ことが気になるらしい。セブルスの寝台や机をしもべ妖精に移動させたの
だが、それにも驚愕して、家具をしきりに調べていたがまるでわからなかっ
たようだ。セブルスからしもべ妖精の魔法力について質問を受けたが、私
はただ便利としか思ったことがなかったので、それがしもべ妖精というもの
だとしか答えられなかった。セブルスは図書館でも調べたようだが、学者
がしもべ妖精なんぞの下等生物を研究しているわけもなく、大した収穫は
得られなかったようだ。
 ある時、私は喫茶の作法を教えるついでに、紅茶にミルクを先に入れる
派と後で入れる派で長年論争している話をして、セブルスはどちらが正し
いと思うか尋ねてみた。セブルスは首を傾げてしばらく考えていたが、
「先がいいと思います」と答えた。「先に入れておくとミルクの正確な量が
わかりますから」魔法薬学が好きなセブルスらしい考えだ。私は後から
入れると言うと理由を問われたので、「先に入れるのを忘れているから」と
答えたら気が抜けた顔をされた。
 私の部屋にセブルスをとりあえず泊めた翌日、昼食後に地下の厨房の
しもべ妖精たちを見せてやりに行ったのだが、私としてはセブルスの好奇
心を満たして懐かせていく作戦の他に、私の部屋にセブルスの寝台と机
と椅子を運ぶように言いつける用事もあった。厨房への行き方は入学した
時に父から教わった。マルフォイ家からはホグワーツの教授を多数輩出し
ており、いくつかの秘密の部屋の入り口について代々伝えられてきたの
だ。セブルスは惨めを体現している大勢のしもべ妖精たちに大騒ぎで出
迎えられて吃驚していたが、しもべ妖精たちや厨房を興味津々な様子で
観察していた。
セブルスの好奇心が落ち着いたところで、しもべ妖精にセブルスの家具の
引っ越しを言いつけると、その場で二人のしもべ妖精がバチンと音をさせ
て消えた。目を丸くして驚いているセブルスに、しもべ妖精たちが姿眩まし
して、元のセブルスがいた部屋に姿現ししたのだと教えてやった。
「セブルスも6年生になったら、講習に申し込めばできるようになるぞ」
「ミスター・マルフォイも?」と期待に満ちた眸で問われたので、「もちろん
免許はとったが、ここではできない。ホグワーツ内では魔法使いは姿現し
も眩しもできないのだよ」と極めて初歩的なことを教えた。
「さっきのしもべ妖精はできたじゃないですか?」と首を傾げるセブルスに
魔法使いとしもべ妖精の使う魔法は違うのだと教えたが、納得していない
ような表情をしていた。しもべ妖精などに関心を寄せるのは上品ではない
と注意しかけたが、まだ魔法界に慣れていないからだろうと思ったので、
私が教育していこうと考え直した。しかし、セブルスがしもべ妖精たちか
ら、クリームパイやエクレアやビスケットがたっぷり詰まった藤のバスケッ
トをお土産に渡され、「ありがとう」と礼を言ったのでやはり可笑しくなって
しまった。しもべ妖精に礼を言うなど聞いたことがない。セブルスに教える
ことはたくさんありそうだ。バスケットを抱えたセブルスを連れて廊下を歩
いていると、昨夜会ったばかりのナルシッサ・ブラックにまた出会った。
ちょうどナルシッサの梟が飛び立ったところで、翼を広げてまっすぐに飛ん
でいく梟の後ろ姿をナルシッサは見送っているところだった。ナルシッサは
私たちに気づくと軽く会釈した。二度顔を下に向けたのは、セブルスの礼
にも応えたらしい。
「やぁ、ミス・ブラック。また会ったね」
「ごきげんよう、ミスター・マルフォイ」
挨拶の言葉を交わすと、ナルシッサはすぐにその場から立ち去った。山ほ
ど菓子がつまったバスケットを両手で抱えたセブルスが私を見上げて質問
してきた。
「あのう、ミス・ブラックはグリフィンドールのシリウス・ブラックの親戚なの
ですか?」
「もちろん、従兄弟同士だよ。それから、本来はブラックはスリザリンが正
しいのだ。純血の名門だからね。シリウスはどこかおかしかったのだろう」
と言うと、セブルスはわかったようなわからないような顔をしていた。ナル
シッサ・ブラックはシリウス・ブラックの従兄弟であり、近々私と婚約する
予定の女性だ。ということは、生涯を共にする仲になるということでもある。
「さぁ、部屋に戻ろうか」とセブルスに声をかけてから、気まぐれに杖を振っ
て、セブルスのバスケットを宙に浮かべると、朝、トランクを浮かべた時と
同様にセブルスは黒い眸を輝かせてバスケットを見つめた。私たちの前
を空中のバスケットに誘導させると、セブルスはトランクをを見たままふら
ふらと歩きだした。気をつけて見ていないと転びそうだったので、面白か
ったのだが、やはりセブルスにバスケットを持たせることにした。セブルス
はがっかりした顔をしたが、黙って私の後について歩き出した。どうやら
卒業まで退屈しないですみそうだった。

(2013.7.5)

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