L'Amant 3

 「セブルスが私の部屋に来てから、私が卒業するまで楽しかった
な。私はなかなか面倒見がよい先輩だっただろう?」
 寝台に並んで寝そべりながら、セブルスに話しかけた。見知らぬ
部屋だが、とても懐かしい香りに包まれていたので、思いつくまま
に昔の話をしたのだが、意外にもぴしゃりとした口調で返事があっ
た。
「あなたが親切だったことは否定しませんが、あの時、あなたは私
より4学年上のクリストファ・エヴェレットと別れたばかりだったので
しょう?」
「クリス?確か魔法省の外務部門に就職した」と聞き返すと「そう」と
即答される。
「そうだったかな?クリスとは7年生になった頃に自然消滅したよう
な気がするが」と記憶を辿らせる私を、セブルスは不満げに見た。
冷ややかな視線とも言えるが、私は特に気にしなかった。お互いに
裸で話し合っている時は、あけすけに話してもそれほど深刻に感じ
ないものだ。
「あなたが彼に別れを切り出したんですよ。卒業したらすぐに婚約
するからとか言って。それなのに私があなたと同室で暮らし始めた
ものだから、彼は面白くなくて陰で私にいろいろ言ってきたんです。
最初は何を言われているのかさっぱり訳がわからなかった」
「どうして、私に言わなかったのだ。私がクリスに説明したのに」
「自分が悪くないことであなたに助けを求めたくなかったんです」と
言いながら、セブルスは眉間に縦皺を刻んだ。セブルスは見た目は
理性的だが、内面では気の荒いところがある。勝ち気だし、理不尽
なことが嫌いだ。セブルスの話によると、クリスは事ある毎に、セブ
ルスに嫌味を言ってきた挙げ句、止めに私の婚約が正式に決まっ
たことを、わざわざセブルスに勝ち誇ったように言ったきたという。
セブルスが、既に私とナルシッサに直接会って祝福したと答えると、
唇をわななかせて、セブルスを睨みつけて去っていったらしい。そ
れで思い出したが、クリストファー・エヴェレットは亜麻色の巻き毛に
同じ色の瞳をした美少年だった。惚れ惚れするほど美しい反面、嫉
妬深く、何かと束縛されて窮屈だったので、婚約に託けて別れたの
だった。後腐れのない正当な理由だと思っていたのだが、セブルス
に被害があったとは思いもしなかった。
「そんなことがあったとはな。しかし、別れた後も気にするなんて、ま
ったくクリスは変な男だな」
「貴方のことがずっと好きだったんじゃないですか?」
とセブルスに冷静に指摘されたが、今となってみても重い男だ。別
れて良かった。というより、今まですっかり忘れていた。今となって
はあの頃のことはセブルスのことしか覚えていない。


 目が覚めてしばらくの間、なぜ自分の隣に、ジプシーのような子
どもが眠っているのかわからなかった。私は朝に弱いのだ。ようや
く昨晩の騒動が脳裏に蘇ってきた頃、私の視線を感知したかのよ
うにセブルスが目を覚ました。間近で見ると、切れ長な眸は黒目
がちで澄んでいた。この瞳はなかなか良いと思った。
「…おはようございます」
 さっと身体を起こして挨拶したセブルスに、悠然と「おはよう」と返
すと、セブルスは素早く寝台から飛び降りた。そして、昨夜、髪を切
ってやったソファまで裸足で駆けつけ、
「本当に消えてる!」と叫んだ。それからソファを見て、「僕のローブ
がある!洗ってある!」と興奮した様子で、ローブを手にとって眺め
た。私たちが寝ている間にしもべ妖精が、セブルスのローブを洗濯
して届けたついでに、床の汚れを掃除していったのだ。当然のこと
だが、セブルスはクリスマスにサンタクロースが運んできたプレゼン
トを見つけた三歳児のように興奮していた。
「どうして、僕がここにいるってわかったのだろう」と首を傾げるので、
「しもべ妖精は屋敷内の事は何でも心得ているものだよ」と教えた。
「全部、見てるんですか?」
「そうだ、家政に関することならね」苦笑しながらもセブルスの疑
問に答えて、私は服を着替えた。
「ずっと見られてたなんて思わなかった…」とセブルスが困惑するの
で、
「あいつらに見られていることを気にする必要はない。使役されるた
めに存在しているのだからね。とりあえず服を着替えなさい」
 セブルスは着替えると、私が貸したパジャマをきちんと畳んで私に
返した。昨日、セブルスのサイズに杖で直してやったことをもちろん
覚えていて、やり方を教えて欲しそうだったが、言い出せないようだ
った。図々しいと考えたようだ。
「伸び縮みの呪文は朝食の後に教えてあげる。それから、ここに君
の荷物を運んでこなくちゃならないね。今日が日曜日でよかった。
さぁ、大広間に行こう」
 私が歩き出すと、セブルスは少し後ろからついてきた。年長者と
並んで歩くべきではないと思ったらしい。
「セブルス、私の横においで」と振り返って声をかけると、少しだけ
差が縮まった。私達は少し寝坊していたし、日曜日という事もあって、
大広間にはそれほど人がいなかった。それでも私がセブルスを自分
の横に座らせると、あちらこちらから興味本位な視線が飛んできた。
私はいつも上座の教授席に最も近い席に座っているが、横で居心地
が悪そうにしているセブルスに尋ねてみると入学時からずっと末席に
いたそうだ。道理でなかなか視界に入らなかったわけだ。セブルスの
皿に、ベーコンや卵をたっぷり取ってやり、残さずしっかり食べるよう
に言い聞かせた。魔女カボチャジュースがたっぷり入っているピッチ
ャーを取って、セブルスのグラスに注いでやるとセブルスの表情が少
し明るくなった。昨日、風呂でセブルスの痩せこけた身体を見て、禄
に食べていないのではないかという印象を持っていたので、セブルス
が料理を口にするのを半ば義務感を持ちながら見守った。元々、食
が細いのかもしれないが、セブルスは痩せすぎだった。私が大皿か
ら取り分けた料理とトーストをかなり時間をかけてやっと食べ終えた
セブルスを連れて、大広間から出ていく時にも幾つか視線を感じた。
スリザリン寮の者たちは様子を見ているようだった。私は廊下をセブ
ルスを従えて歩きながら、昼から、セブルスをしもべ妖精たちがいる
厨房に連れていってやろうなどと考えた。私の部屋に戻る前に、セブ
ルスがいた部屋に寄って、荷物をまとめるように言うと、すぐにセブル
スは古びたトランクを持って部屋から出てきた。ペットは飼っていない
ようだった。私が軽く杖を振ってトランクを宙に浮かべると、セブルスは
黒い眸を輝かせた。私は浮遊呪文も教えなければならなくなったよう
だった。

(2013.6.28)
 *クリス・エヴェレットは、現在、魔法省に勤務して、二人の子持ち
になっている設定です。
美貌はとっくに消えうせて、猛烈な教育パパになっています(笑)

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