L'Amant 20

 湯気の向こうにスリザリン寮の監督生のウィルクスが立ってい
た。先客がいるのがわかっているからか着衣のままだ。
「やぁ、ミスター・ウィルクス。この浴場で一緒になったのは初め
てだな」私の声は浴場に反響した。
「クディッチの練習があったので遅くなってしまったんです」
 セブルスはウィルクスの声を聞いた途端に湯の中で硬直して
しまっていたが、私はいつも通りの寛いだ声で、
「ほう、きみはメンバーだったのか?この間の試合では見かけ
なかったと思うが」と尋ねた。
「いえ、ビーターが怪我でチームを離脱したんです。その代わり
を頼まれて急遽試合にでることになってしまいました」
「そうか。それは大変だったな。早く、服を脱いで入ってきたま
え。我々はすぐに出るから」
 私はあえて気軽に声をかけて、ウィルクスの出方を見た。
「お言葉に甘えて入らせてもらいます。もう消灯時間ぎりぎりな
んですよ」
ウィルクスは手早くローブを脱いで裸になると、こちらにやってき
た。私は見るともなしにウィルクスを観察したが、クディッチの選
手に急遽指名されるだけあって、筋肉質で均整のとれた肉体を
している。ウィルクスはマグル出身という出自がスリザリン寮で
は奇異な存在と見なされるからだろうが、万事に控え目で地味
な男だ。それでも監督生に選ばれているくらいだから成績は優
秀なのだろうし、周囲とも上手に交流できているのだろう。何か
につけ悪目立ちしてしまう、同じくマグル出身のセブルスより実
は狡猾なのかもしれない。湯で身体を濡らし、軽く汗を流したウ
ィルクスに私は手招きした。
「湯に浸かって疲れをとるといい。好みの湯の加減があれば調
節してくれ」
「いいえ、これで結構です。失礼します」
ウィルクスが浴槽に入ってきたので、セブルスは身の置きどころ
がないとばかりに身体を湯に沈みこんで、鼻の穴すれすれまで
顔を湯に浸けてしまっている。そんなことをしても無駄だと可笑
しくなったが、セブルスは真剣だ。逆上せかけているのか普段
青白い顔が紅潮している。
「あぁ、このセブルスのことだが」
私が切り出すと、ウィルクスは私を見た。目が合って、一瞬だが
お互いの眸の中の表情を読み合った。同時に私はウィルクスが
かなり整った顔をしていることに初めて気づいた。端正な面立ち
に、思慮深い眸をしている。典型的な優等生といえるが、私の好
みではない。
「本来、ここは監督生専用の浴場だが、私の一存でセブルスを
ここに連れてきている。スラグホーンの許可はとってあるが…」
スラグホーンの許可のくだりは嘘だがそこは方便だ。しかし、ウィ
ルクスは承知していると目で伝えてきた。ウィルクスは寮内で
セブルスが苛められて、私が自分の部屋に引き取った経緯を知
っているのだ。
「セブルスとは、時々、話をするんですよ。あの、グリフィンドー
ルの一年生たちがセブルスに付きまとっているのが目につい
て…」
「あぁ、シリウス・ブラックたちだな。あいつらがセブルスにちょっ
かいをかけていたら、必ず減点してやってくれ。私もそうしてい
るのだが、学習能力のない奴らだ。おいセブルス、あがる前に
飛び込み台から飛び込んで遊んでいったらどうだ?」
 無言で湯の中で固まっていたセブルスは、私に揶揄されたと
感じたらしくいきなりざぶりと立ち上がると、
「そんなことしません!僕は先にあがります!」と言って浴槽か
ら出て、怒ったような足取りでずんずん歩いて行った。こういう
ところは年相応に子どもらしく可愛いものだ。
「セブルスは聡明な子ですね。一年生とは思えないくらい優秀
だ」ウィルクスもセブルスを見送っていたが、そんなことを呟いた。
「そうだな。性格的にちょっと難しいところもあるが努力家だ」
「魔法薬学の知識はすでに上級生を凌いでいますよ。魔法薬学
の授業ではもう何度も得点されてスリザリンに貢献しています」
「そうだな。私は、うちの寮の者たちもセブルスがスリザリン寮
生として頑張っていることをもう少し認めてくれないだろうかと
思っている」
さりげなくセブルスを保護しているのは寮内の虐めを憂慮しての
ことだと仄めかすと、ウィルクスは眉をひそめて肯いた。私の意見
に賛成のようだ。
「実は貴方がセブルスを守ってくださるようになってからはいじめ
が収まったので安心していました」
「表面上はな」
私が卒業するまでセブルスを手放すつもりはないので牽制して
おいた。
「セブルスが我が寮になかなか馴染めないのは、魔法使いの
礼儀作法を知らないことも原因だと思っている。私が一から教え
ているところなんだ」
うっかり口が滑ってマグル出身のウィルクスに対する嫌味にな
りかねないことを言ってしまった。先祖代々、純血とばかり接し
てきたのでこういう気遣いは苦手なのだ。
しかし、ウィルクスは気にした様子もなくまた私の意見に同意だ
というように肯いた。
「おい、セブルス!勝手に帰るなよ。きちんと髪を乾かすよう
に!」
と声を張り上げると、セブルスから「ちゃんとやってます!」と怒っ
たような声で返事があった。セブルスは私のことを待っていたよ
うだ。昔、飼っていた犬の躾がうまくいった時の感動が私の胸
に蘇ってきた。
「それでは私は先に失礼するよ」と言ってから声を落として、
「今日はきみと話せてよかった。またゆっくり話をしよう」
と囁きかけると、ウィルクスは、
「こちらこそ貴方とお話できてよかった。お邪魔をしてしまって
すみませんでした」と礼儀正しく答えた。私は愛想よく微笑を
ウィルクスに送り、浴槽を出た。自分の身支度を整えてから、
セブルスの耳に耳垢が溜まっていないかチェックすると、頭を
ぶんぶん振って嫌がられた。子供扱いされて不機嫌になって
いるセブルスを連れてスリザリン寮に帰る道すがら、私は今夜
のウィルクスの来襲について考えていた。おそらくウィルクスは
私とセブルスが性的関係にあるという噂を耳にしたに違いない。
あるいは私がセブルスに性的虐待を働いていると解釈したの
かもしれない。それで、わざわざ私たちが監督生専用の浴場
にいる時を見計らって乗り込んできたのだ。自分の目で様子
を確認し、私に警告するために。ウィルクスがどう判断したのか
は不明だが、ウィルクスがセブルスのために行動したことは確
かだ。私以外の魔法使いでセブルスの味方になってくれる人
物がスリザリンにいた。たった一人だが、心強いことだ。
とはいえ、これからも私は自分のしたいように振る舞っていくが、
ウィルクスがなかなか見所がある男だということはわかった。

(2014.12.6) 

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