L'Amant 17

  一日の授業が終わったので、同じ学年のスリザリン生たちと
連れだって談笑しながら地下へと続く階段を降りていき寮に戻る
と談話室の男子寮と繋がっている通路の前でマルシベールとセブ
ルスが立って話しているのが目に入った。素早く観察するとマル
シベールはセブルスの前に立っていて、どうやら寮の自室に戻ろ
うとしていたセブルスの前にマルシベールが立ちふさがるような
格好で話をしている。二人の身長差はかなりあるのでマルシベ
ールは背を屈めがちになっていて、一方のセブルスは顎を逸らし
てマルシベールを見上げていた。遠目だが、セブルスはマルシベ
ールとの会話を嫌がってはいないようだ。
「セブルス」と、私が声をかけるとマルシベールとセブルスが振り
返った。セブルスはその場で畏まって目礼したが、マルシベール
はにやりと笑みを浮かべて、両手をひらひらと振った。
「ペットちゃんを借りてたよ」
「マルシベール、品のないことをいうな。一年生でも同じスリザリ
ン生だろう」
「7年生が一年生を自分の部屋に置いてるんだから、ペットみた
いなもんじゃないの。可愛がられてるからかすっかり毛並みがよ
くなったよ。前はハウスエルフみたいだったけど」
私が呆れて軽く睨むとマルシベールは肩を竦め、セブルスの頬を
親指で突っついて、「またな」と声をかけてふらりと去っていった。
セブルスはふうっと溜め息をついたが怒っている様子ではない。
「おや、まだ教科書を部屋においていなかったのか。私と一緒に
部屋に戻ろう」
私が声をかけると、教科書の山を抱えたセブルスは「はい」と
返事して私の背にまわった。何度言ってもセブルスは私と並ん
で歩かずに少し後れてついてくる。律儀な性格ゆえの行動だ
が、マルシーベールにペット扱いされるのもわからないでもな
い。
「マルシベールに揶揄されていたのか?」
 部屋に着き、私が紅茶を飲むと言うとセブルスはすぐに茶道具
を運んできた。いつものように私が紅茶を淹れている向かいで
セブルスはソファに浅くかけて待っていたが、私の言葉に小首
を傾げた。
「たぶん少しだけ。死喰い人を知っているかってきかれました」
「死喰い人?ヴォルデモート卿の親衛隊の?」
「はい」
ヴォルデモート卿と死喰い人たちはは近年彗星のように魔法界
に台頭してきた新勢力で、純血原理主義を標榜している。
ヴォルデモート卿はスリザリン寮の開祖であるサラザール・スリ
ザリンの直系の末裔であるとされ、親戚のナルシッサ・ブラック
の姉のベラトリックスがかなり傾倒していると聞いている。私も
ヴォルデモート卿の噂はよく耳にしていたし、その思想には魅力
を覚えてもいたのだが、父は少々懐疑的で私にも釘を差してき
た。
「たしかにヴォルデモート卿というのは注目に値する人物だ
と思うね。しかし、まだよくわからないところがある。マルフォイ
家の者が一番乗りで支持を表明する必要はないだろうよ」
長年、純血の血筋を絶やさずにきた家名を誇る父は何事にも
ひどく慎重なのだった。真の保守主義だ。
「わがスリザリンに縁の深い集団だね」
「僕、前にも人に聞いて調べようとしたんですけど、学校の図書
室には関連した本はありませんでした。新聞の過去記事はいく
つか見つけたんですが」
 セブルスが生真面目な表情で言うので、思わず笑ってしまっ
た。
「校長が禁じているんだろう。あいつはグリフィンドール出身だか
ら。スリザリンに関するものは何でも危険思想扱いだ」
私の言葉にセブルスは切れ長な黒い眸を見張った。校長のよう
な立場の魔法使いに偏見があると考えたこともないのだろう。
「ヴォルデモート卿の思想について知りたいのなら、家の
図書室に何冊かあった筈だから送らせよう。古代の呪文集も
一緒に取り寄せようか?読みたがっていただろう?」
セブルスは黒い眸を輝かせて頷いてから、「ぜひ」と掠れた声
を出した。相当興奮しているようだ。
「きょうは自習室に行くのはおやめ。ここで勉強しなさい」
 稀少本が読めることになった喜びを顔に滲ませて、セブルス
は自分の机に向かうと、すぐに羊皮紙に羽ペンを熱心に滑ら
せていった。私はセブルスの羽ペンがやや神経質にカリカリ
とたてる音を聴きながらのんびりと紅茶を飲み、マルシベー
ルには注意が必要かもしれないと考えていた。

(2014年7月31日)

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