L'Amant 13

「ルシウス」
耳元で心地よい低い声が私の名を呼んだ。数種類の薬草が混じった
ような香りが鼻腔を擽る。目を開けると天井の照明の光が眩しい。
マグルの照明器具は私の色素の薄い瞳にはきつすぎるような気がし
たが、この家の主は漆黒の眸をしているので平気なのかもしれない。
「私はどれくらいの時間寝ていた?」
身体をおこして、こめかみに指をあてながら尋ねると、
「一時間くらい。話しているうちにあなたは眠ってしまったんです」
とセブルスは面白そうな口調で説明した。
セブルスの家で、二人でマールワインで温まりながら談笑しているう
ちに居眠りしてしまったらしい。私も年をとったものだ。
「眠気覚ましに何か飲みますか?珈琲か紅茶でも」
「紅茶が飲みたい」と所望するとセブルスは軽く頷いて部屋を出て
いった。一人きりになったので、何となく部屋を見渡していると、一
応はソファセットもあり客間であるのだが、三方の壁のほとんどが
本が隙間なくぎっしりと詰まった書棚で塞がれていてかなりの圧迫
感がある。ここにあるすべての本、いや家中にある本のすべての
内容がセブルスの頭の中に知識として入っているのだろう。茶道
具が載った盆を下げて戻ってきたセブルスの華奢な頭を思わず見
ていると、怪訝な表情で見つめ返された。セブルスの眸は切れ長
で涼しげだが黒目がちで深遠な印象を受ける。実際は現実的で
有能であり、同時に真面目で誠実でもある。
「ミルクはどうしますか?」
「セブルスと一緒でいい」
セブルスが薬を調合する時のような鋭い目つきと慎重な手つきで
茶椀にミルクを入れ、上からポットの熱い紅茶を注ぐと、茶葉と
ミルクの甘く馥郁とした香りがあたりに広がる。
「昔もこんな風に夜中に二人でお茶を飲みましたね」
セブルスが淹れてくれた眠気覚ましの熱い紅茶をありがたくいた
だいていると、セブルスも癖である特徴のある鼻で紅茶の香りを
確認しながら、懐かしそうに話しかけてきた。
「そうだったな。セブルスはハウスエルフに興味津々で可愛らし
かった」
ホグワーツに入学した当初、私と同じ部屋で暮らしていた一年生
のセブルスは魔法に関する事には何にでも強い興味を示していた
ものだ。
「あなたは僕と同室でつまらなかったでしょう。一年生と7年生な
んて子どもと大人だ。問題児の世話なんて面倒だったでしょう、
申し訳ない」
セブルスがそんなことを言い出したので冗談かと思ったのだが、
セブルスは真顔だった。
「何を言い出すのだ。セブルスはずっと優等生だったじゃないか」
私が驚いてそう言うと、
「私は勉強以外のことは何もできなかった。人付き合いの仕方も
まるでわからなかったし」
私がくすりと笑うと、セブルスは困惑した表情を浮かべた。余計な
ことを言ったと思ったのかもしれない。
「そういうところが可愛かった。今もあまり変わってないな」
セブルスは少し怒っているかのように黙って茶碗を薄い唇にあ
てた。本当は羞恥を感じているのだ。
「セブルスは面白くて、とても可愛らしい。昔からずっとだ」
私はさらりと思っていることを言った。私は人からよく気障だと言
われるが、正直なだけだ。

(2014.4.1)
  

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