Dearest 第6話

【ホグズミード】

 ロンとハーマイオニーは、スピナーズエンドに暮らす友人達との夕食
会の後、ホグズミートにあるロンの家で恋人同士の夜を過ごしていた。
兄の店を手伝っている関係で借りている家だが、結婚後もここを新居と
することになっているので、徐々にハーマイオニーの荷物も運ばれて
きている。
夕食会のクリーチャーの食事は相変わらず最高だったし、友人達と
の会話は時を忘れてしまうほど楽しく、いつものように長居をしてしま
った。ハーマイオニーがクリーチャーが持たせてくれたアップルパイや
明日の朝食になりそうな美味しいものがどっさり詰まったバスケットを
戸棚にしまっている間に、ロンは杖を振ってお茶の支度をした。
 温かい紅茶を二人で飲みながら、一ヶ月後に控えている結婚式の
話をする。夕食会の主な話題でもあったが、今の時期はこれ以外に
話すことはなかった。もちろんロンは花婿の付き添いを親友に頼んで
いたが、セブルスが健康上の理由で出席できないのは残念で仕方な
い。セブルスも残念に思ってくれて、花嫁のブーケの為の特別な薔薇
を栽培してくれることになったのだった。白い薔薇の中にサムシング
ブルーとして、青い薔薇を一本だけ入れるとのことで、クリーチャーを
助手にして完璧な色合いを出す研究に熱中していたということだった。
セブルスはいつも控えめな話し方をするが、研究の内容を説明する時
は常になく熱っぽく、そういうところは自分も学生時代に見たことがあ
る、彼が学生時代に独自の解釈を書き加えていた魔法薬学の教科書
のエピソードを思い出させて面白かった。
その話をしている時にネビル・ロングボトムの名前がセブルスの口か
ら出たので、ロンは久しぶりに動揺して耳を赤くする羽目に陥った。
セブルスが定期検診のために短期入院した時に病棟で両親の見舞
いに訪れていたネビルと知り合ったのだという。長期入院していた時
は隔離された特別室にいたので誰とも会わなかったのだが、今回は
特別なエリアとはいえネビルの両親が長期入院している病室と同じ
フロアだったので廊下で顔を合わせたのだということだった。ロンは
この親しく付き合っている物静かで優しいセブルスが、ネビルを入学
当時から理不尽なまでに執拗に追いつめて、テストの時にはネビルは
いつも神経衰弱のような状態だったことを思い出したが、それも遠い
過去の話だ。ネビルは、セブルスの顔を見て驚愕したが、セブルスに
自分には記憶障害があるのだが、昔、君と知り合いだったのだろうか
と尋ねられて、知っていると答えたということだった。賢明にもネビル
はセブルスの質問をすべて肯定するという形で会話を続けた。そして
短期入院にも関わらず見舞いにきた親友が現れた時には、お互いの
趣味の園芸の話で花が咲いていた。
おそらくその後、ネビルはかつて寮の同室だった友人に直接話を
聞いたのだろう。ロンやハーマイオニーと同様にセブルスの障害を踏
まえた上での交際が始まったらしい。といってもふくろう便での手紙
のやり取りが主だということだが、セブルスは彼とは趣味が合うと楽し
そうな表情を浮かべたので、ロンは人というものはわからないと密か
に思った。それは兎も角としてネビルの協力を得て、結婚式の日には
最高の薔薇が届けられることになったのだった。

「でも本当に残念だな。セブルスが出席できないのは」

ロンがそう言うと

「そうね、でも大勢の人とセブルスを会わせることはできないわ。混乱
してしまうもの」

とハーマイオニーも頷いた。

「今回は無理としても、これから少しずつでも良くなっていくことはないの
かな、セブルスの記憶障害は」

ハーマイオニーはしばらく黙っていたが、やがて無理ねとぽつりと漏ら
した。ハーマイオニーは魔法省に勤務しており、大戦を総括するための
調査チームに配属されていた。悪の陣営を倒した英雄とは学生時代か
ら特別に親しく、最後の決戦の際も行動を共にしていた関係から、英雄
と魔法省との窓口としての仕事も引き受けていた。ロンは真面目なハ
ーマイオニーの性格をよくわかっているので、仕事の話は極力聞き出
さないようにしていたので、セブルスの病状についてもハーマイオニー
からは聞かないことにしていたのだ。
ハーマイオニーは、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。

「セブルスはね、昏睡状態から目覚めた時かなり不安定な容態だった
の。特に記憶が曖昧だった。聖・マンゴの癒者たちも、私たちも彼の記
憶がどの程度欠損しているのか慎重に見極めたようとした。その結果、
ホグワーツを卒業する以前、おそらく成人したあたりからの記憶が
完全に失われていることがわかったの」

「それは、どういうこと?」

「私たちの知っていたスネイプ教授の記憶が全て失われていたの。
癒者の推測としては、スネイプの魔術の粋を結集して何とか蘇生さ
せた身体には、その年月の記憶が重荷すぎて消滅してしまったの
だろうということだった」

ハーマイオニーは話しを続けた。

「治療方法としては、二つあった。記憶が復活しても大丈夫な状態
まで身体の機能の復活させる治療を引き続き行うこと。もうひとつは、
現状の身体状態に合わせて記憶を操作してしまうこと。何度も話し
合いがもたれて、後者の治療法を行ったの。倫理的な問題はあるけ
れど、セブルスの状態からして現実的な選択だったと思う。聖・マン
ゴの癒者たちの力を持ってしても、かつての身体まで回復させるこ
とは無理だというのは明らかだったから」

「重荷って、思い入れが強すぎたという事なのか?」

ハーマイオニーはしばらく沈黙してから

「いいえ、おそらく逆だと思うわ。彼が目覚めた時、誰の名前を呼ん
だか覚えてる?」

それは親友から聞いて知っていた。親友がその父親と瓜二つといっ
ていいほど似ていることは有名な話だし、昏睡状態から醒めたばかり
のセブルスが混同してもおかしくはない。そこまで考えてから、唐突
に疑問が口をついて出た。

「セブルスにとって、“彼”はどういう存在だったんだ」

「わからないわ。そんなことまでは調べられないもの」

でも、と口ごもってから

「特別な人だったと思う」

自分の脳裏に浮かんでいたことを、的確に言葉にした婚約者の聡明
で、それでいてとても優しい茶色の瞳を見つめながら、ロンはお茶を
淹れ直そうとぼんやり考えた。

(2011.10.9)
 

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