Dearest 第5話

【スピナーズエンド】

 彼の聖・マンゴでの定期検診と治療が無事に終わり帰宅できた。
これでしばらくは家で静かに過ごすことができる。迎えに行って一緒に
家に戻ると、待ち構えていたクリーチャーがいそいそと彼の世話をやい
ている。彼も家に戻ってほっと落ち着いた様子だった。
定期的な検査入院は、癒者から彼を退院させる条件として提示され、
もちろん僕に異存はなかった。聖・マンゴの特別室にいる方があらゆる
面で安全な事はわかっている。それでも多少の危険を冒しても、僕は
彼と一緒に生活したかった。彼から承諾を得た時の喜びは忘れられな
い。念入りに準備して、彼が快適に暮らせるように便宜を図った。
魔法大臣の要請をのんで魔法省に入省し、大戦後の新しい魔法省の
広告塔的な役割を引き受けた甲斐があった。そもそも、彼に最高の治
療を受けさせるために引き受けたのだ。魔法大臣たちは僕の彼に対す
る献身的な行動に若者らしい純粋さを見出し、扱いやすいと思ったに
違いない。自分でもそんな風に考えないこともなかったし、数年間の
彼の容態はとても希望がもてるようなものではなかった。だから、僕は
眠り続けている彼の傍で夢想していることしかできなかった。
その間に大戦を総括するための調査が行われ、それは当然ホグワーツ
の校長室にまで及び、歴代の校長たちの証言から彼の真実の姿が
わかり始めた。その後、過去にまで遡り調査され、やがてその全貌が
明らかになった。それを知らされた時の僕の衝撃と絶望はとても言葉に
することはできない。
ダンブルドアが計画したこととはいえ、彼は僕のために自らを犠牲に
していたのだ。その事を思うとあまりの辛さに、日常だった筈の彼の
嫌味の数々を思い出してみても気持ちは晴れず、よく笑いながら泣い
ていた。そんな時でも彼は静かに眠り続けていた。
 奇跡的に彼が目覚めた時、今度は僕は彼の望むことを僕が叶える
番だと思った。僕が彼を守るのだ。その決意のもとに行動してきた。
順調に回復してきた彼の実家で一緒に暮らすことにし、魔法省と聖・
マンゴの癒者に要請して、最高の結界を張り内部を浄化した。僕の留
守の間は、全てのことを心得ているハウスエルフのクリーチャーがい
る。瀕死の重傷の後遺症で彼には記憶障害が残ったので、接する時
には細心の注意が必要だ。彼自身も不安はあるのだろうが、気丈に
も僕には弱音を吐かない。彼は僕を信じているのだと思う。僕を通して
彼は現在の自分を受け入れているのだろう。
そんな彼が愛しい。いつから愛しはじめていたのかわからない。
学生時代に対立していた頃からだったのかもしれない。彼が僕を庇っ
て斃れた時か、それとも血塗れの彼を抱き上げた時からだったのだろ
うか。あの長い空想するしかなかった時間、それから彼が目覚めて僕
を見つめ「名前」を呼んだあの瞬間に愛を自覚したのだろうか。
今は、彼との生活が何より大切だ。生まれて初めて自分の家で暮らし
ているのだという気がする。この暮らしを守るためなら何だってする。
事実、そうしてきたし、これからもそうするつもりだ。彼と一緒にいると
余計に愛しさが募る。一人でいると寂しい。そして、不安になる。
僕を偽善者だと、嘘つきだと罵る声が聞こえてくる。そんな声は無視し
てしまいたいが声が消えることはないだろう。僕は声の正体を知って
いる。鏡を見ればいい。僕と同じ姿をして、別の名前を持った男が僕を
責め続けている。その主張は正しい。しかし、僕は聞かなかったふりを
し続けるつもりだ。

(2011.10.8)
 

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