Dearest 第4話

【スピナーズエンド】

 この家で彼と暮らし始めてから、数ヶ月経った。その間に一度、聖・
マンゴに短期入院した。といっても、私の病状が悪化したというわけで
はない。退院しても定期的に聖・マンゴの癒者のヒーリングを受けるこ
とになっていたからだ。私の身体が受けたダメージは大きく、残念なこ
とだが完全に元通りにすることはできなかったと告知されている。
私は、その事をあまり深刻に捉えてはいない。そもそも意識を回復した
こと自体が奇跡的なことだったらしいのだから。
 ここでの暮らしに不満はない。いや、そんな言い方をするべきではな
い。本当はとても満足している。彼が忙しくて家を空けがちなのは寂しい
が、仕方ないことだ。私の身元引受人になった事で彼によけいな負担を
かけているのではないのだろうか。私は、本当は犯罪者でここで安穏と
過ごせる身分ではなく、アズカバンに送られるはずだったのではないの
だろうか。一度、思い切って彼に尋ねてみたら、笑われた。私の記憶
は、成人したあたりから曖昧でそれは、長く昏睡状態に陥っていた時の
後遺症だと癒者から言われている。私が覚えている限りの私は、悪事に
手を染めかけていた。自暴自棄になっていたし、傲慢なところが多分に
あった。本当に嫌な人間だ。彼に君は裏切り者だったと言われて、やっ
ぱりそうかと絶望したが、彼は話を続けた。君は闇の陣営を裏切って、
不死鳥の騎士団に情報を流してくれていた。そのことで、闇の陣営
で拷問を受けて瀕死の状態のところを救出されたのだと言う。

「本当なら、君ほど功績のある人はいないんだよ。でも、闇の陣営も完
全に滅んだわけではなくて、今も年に数度は事件を起こしている。僕が
身元引受人になっているのは、君が報復を受けることを魔法省が憂慮し
ての措置だよ」

 それから、不自由な思いをさせてすまないと頭を下げられた。私が慌
てて話をきいて安心した、今の暮らしには満足していると言い訳したら、

「本当だね?」

と念押しされた。うっかり本音を話してしまったが焦っていたので頷
いてしまった。すると、彼の顔がぱっと明るくなったので何だか恥ず
かしかった。 私は、一度彼を失ったはずだった。完全に。永遠に。
その喪失感とともに生きていた。まさか、こんな形で再会するとは思
いもよらない事だった。それは彼の方でもおそらく同じ事で、今の私
たちはゆっくり近づいていくように時間をかけて出会いなおしている
ような関係だと思う。
 ここでの暮らしは平穏そのものだ。私は、一日の大半を読書と庭で
過ごしている。クリーチャーが庭の手入れの助手をしてくれているし、
書籍も買ってきてくれる。その上、家事も完璧にこなしている。
悪いので台所仕事を手伝おうとしたら、凄い迫力で叱られた。そういえ
ば、彼もマグルの珍しい食べ物を土産に買ってきてクリーチャーを
憤慨させたことがあった。叱られてからはそのまま甘えてしまってい
るが、クリーチャーがいなくてはこの家はたちゆかないと感謝の言葉
を伝えると、恭しくお辞儀された。その後、クリーチャーはいつもの仕事
に戻ったが、その背中から喜びが溢れていた。私も、素直にならなけれ
ばいけないと思うがうまくいかない。
 彼の友人たちも家を訪ねてくれるようになった。ロンとハーマイオニー
だ。とても感じのよい二人で、すぐに打ち解けて仲良くなった。二人とも
彼と同じグリフィンドールで親しくしていたらしい。私が知っている彼の
仲間たちのことは話さないでいる。あの決戦では夥しい犠牲者が出た
のだ。私の寮の人間は、大半がアズカバンに行く羽目になったのでは
ないだろうか。そう思うと、私の今の幸福は砂上の城のようにも思えて
不安になってしまう。束の間の夢なのではないだろうか。入院中もよく
そう思った。彼に見つめられたり、話しかけたりされた時に不思議な
違和感を覚えるのと同時に、やっぱり夢なのではないかと思っていた。
しかし、それならずっとこのまま夢見ながら過ごしていたい。醒める
くらいならばずっと眠り続けていたい。

(2011.10.7)

 

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