Dearest 第3話

【スピナーズエンド】

 あの闇の陣営との最後の決戦のことは、数年を経た今でも記憶に
鮮やかだ。その最後の時、誰もが裏切り者だと信じていた男が身を
挺して、救世主と予言されていた少年を庇った。
その一瞬の隙に少年は悪の帝王を倒したのだ。
悪を滅ぼした少年への割れんばかりの拍手喝采の音がまるで聞こえ
ていないかのように、少年は自分自身も血で赤く染まりながら血塗
れの男を抱き上げて立ち上がった。自分達にできることは、遺体を清
めることくらいだろう。震える足どりで近づいた自分に、彼は落ち着い
た声で言った。

「医務室へ…。いや、今から聖・マンゴに行く」

 あの少年は、今、目の前にいる親友だ。そしてかつて卑怯な裏
切り者として憎まれていた男はその隣で穏やかな表情をして立っ
ている。
ロン・ウィーズリーは明るい陽射しの中、自分達を出迎えてくれた
二人を眩しげに見つめた。あの時のことは夢のようにも思える。それ
とも、今日の再会の方が夢のようなものなのだろうか。あの時は誰も
こんな日が来るとは思わなかったはずだ。


 家の中に招じられてみると、内部は予想外に広かったが魔法界で
はよくある事なのでロンは特に驚かなかった。
一階は、居間と台所室の二室で、二階にはそれぞれの寝室、地下
はスネイプの研究室を兼ねた書斎になっていた。
一通り家の中を案内された後、居間に戻ると既にクリーチャーが
お茶の用意を整えて待ち構えていた。
家の中は、さりげなくアンティークの家具が揃えられており、何と
なくだがクリーチャーの趣味が尊重されているような気がした。
実際、素晴らしいお茶の用意をしてくれたクリーチャーはこの部屋
の一部のようにしっくりと馴染んでいたからだ。
 ここ数日、悩み続けていたスネイプをどう呼ぶかという問題は、
本人からファーストネームで呼んでほしいと言われたので片付い
たのだが、親友をその父親のファーストネームで呼ぶことは、間違
えたら取り返しがつかないので慎重にタイミングを図っているうち
に、スネイプの入院中から病室を訪問していたハーマイオニーが
当然のように父親の名前で親友に呼びかけて話を進めていって
しまったので機を逃してしまい、ひそかにまた耳を赤くして様子を
窺っておくことになった。
ロンとハーマイオニーは最近、婚約したばかりだったのでその話
題でしばらく盛り上がった。ロンは自分達のことを話している分に
は失言する可能性が少ないので、ハーマイオニーの実家を一家で
訪問した際、大のマグル贔屓の自分の父親が電化製品の数々に
熱狂した話などを特に脚色なしに話してきかせて笑いを誘った。
スネイプは積極的に話はしなかったが、ハーマイオニーや親友から
知らないことを説明されると頷いて静かな声で答えた。
学生時代、常に嫌味を言われ続けていた人物の面影がまるでなか
ったが、もしかすると本来はこのような人物だったのかもしれなか
った。お茶の後、引き続き居間の暖炉の前のソファで談笑している
時にふと、

「マグルだった私の父親が、現在のうちの有様を見たら驚くだろ
うな」

とスネイプが可笑しそうに呟いた。そして名前を呼びかねている
親友と目と目で微笑みあった。

「魔法使いが二人とハウスエルフ。クリーチャーはポッターの実家
でずっと仕えていたからここに来てくれたのだがこんな小さなマグ
ルの家にハウスエルフがいるはずがないから。どちらにしても変
だな」

 スネイプはポッターと呼ぶことに気づいて、また耳の色が変化
しかけたところに、ハーマイオニーが急に表情を改めたのでロンも
気を引き締めた。ポッター家とブラック家を間違えたらまずいの
だ。親友が魔法界でも最も古い血筋の一つである家柄出身の
ゴッドファーザーから遺産として引き継いだハウスエルフは、今
では親友が生まれた時から仕えていたように忠義を尽くしてい
る。今回、スネイプとの同居にあたって守らなければいけない
秘密も厳密に心得ている。
しかし、ハーマイオニーが質問したのは、クリーチャーの雇用条
件についてで、ロンは別の意味ではらはらする羽目に陥った。
クリーチャーに報酬を支払うのは、クリーチャー自身がそれを侮辱と
受け取るので無理だということ、二週間に一度は休んでもらってい
るとロンが未だ名前を呼べない親友が説明すると、その日はグリ
モールドプレイス12番地のブラック邸を管理することにあてている
と察したハーマイオニーが不穏に目を光らせたが、必死に視線で
合図してロンが何とか口を封じた。しかし、さりげないハーマイオニ
ーの誘導でキッチンを見学させてもらうことになり、ロンは頭が痛く
なった。
 キッチンは、磨きあげられた床に黒光りのするオーブンが据え
られ、壁には赤銅色に輝く鍋がいくつも並んでいた。納戸には区
切りがあって、片方がクリーチャーの寝室になっている。快くクリ
ーチャーは見せてくれたが、子どものままごと用の家のように全て
が小さく妖精サイズでできた部屋だった。小窓がつけられているの
で、日の光が入り、空気の入れ換えができるように配慮されてい
る。ハーマイオニーが鋭く点検すると、こじんまりとしているが清潔
で太陽を浴びた干し草とハーブの良い匂いがした。床にはハーマイ
オニーが以前クリスマスに贈ったキルトの敷物が敷かれ、ハウスエ
ルフのサイズに合った小さなベッドには、暖かそうな羽布団がかけ
られていた。作り付けの本棚に純血関係の本があるのが、唯一
以前の純血至上主義だったクリーチャーの名残といえた。

「クリーチャーの部屋は、旦那様御自ら設えてくださいました。窓を
つけてきれいな壁紙を貼って、クリーチャーのためにベッドまでおい
てくださったのでございます。クリーチャーはベッドで休むのは生ま
れてこの方初めてのことでございます。お布団は、冬になって冷え
込む前にセブルス様がクリーチャーにと下さいました。恐れ多くも
旦那様方の寝室の物と同じ羽毛でできているのでございます。
クリーチャーは自分でカバーを縫いました。それからこの敷物は、
いつぞやハーマイオニーお嬢様がクリスマスプレゼントにくださ
ったあの素敵なキルトをクリーチャーがこの部屋にあわせて大き
く広げたのでございます。クリーチャーほど果報者なハウスエル
フはおりますまい」

蝦蟇の鳴き声のようなくぐもった声が紡ぐくだくだしい長台詞の
下に隠し切れない嬉しさが零れていた。そんなクリーチャーを、
この家の男達も嬉しそうに見守っていた。
ロンは、グリモールドプレイス12番地にあるブラック邸の、陰鬱な
廊下にあった、お茶の盆を運べなくなると首をはねられたハウスエ
ルフの頭部がずらりと並んだ不気味な飾り棚と、現在の姿からは
想像も出来ない荒んだクリーチャーのボイラー室の汚らしい巣を思
いだし、かつての自分の思いやりのなさを後悔するとともに、クリ
ーチャーが現在とても幸福に過ごしていることを確信した。
ハーマイオニーも一応この家のハウスエルフに対する扱いに及第
点を与える気になったらしく、ロンの方を見て重々しく頷いたので
ほっとした。
 親友がこの同居を決めた時に、反対する気は毛頭なかった。スネ
イプの長年に亘る真実の姿が明らかになり、その守護対象だった
親友にとってスネイプはかけがえのない存在となったのは理解でき
たし、この数年の献身的な看護も知っていたからだ。しかし、同居
となると戸惑いを感じていたことも事実だったが、クリーチャーの幸
福そうな様子や、仲のよさそうな二人の態度を目にして不安は霧消
した。

「ご夕食は、ミスター・ウィーズリーのお好きなものもご用意して
おりますよ」

 急に自分が話題になって動揺したが、

「学校がお休みの時に、坊ちゃまのお友達がいらした時のこと
は、クリーチャーは全部覚えております」

とクリーチャーがきちんと辻褄を合わせてくれた。クリーチャーと
同居していた期間のことを話すわけにはいかないのだ。

「同じ寮というのは、やはり羨ましい気がするな」

とスネイプが呟いたので、ロンは自分の耳が最早何色になって
いるのかわからなくなったが、

「凄くいいもんだよ!!!」

と怒鳴ってしまい、その大声に全員が驚いて、また笑い転げた
のだった。


(2011.10.6)
 

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