Dearest 第2話

【スピナーズエンド】

 自分たちの親友の隣に立っている男は、自分たちとそれほど年が
変わらないように見えた。たしか親友の父親と同学年だったはずだ
が、若いというより年齢が洗い流されて漂白されたようだった。
かつてよく知っていた陰険な魔法薬学教師と違い、威圧的な印象が
消えて物静かな青年に見えた。
長く伸ばしていた髪は肩の上のあたりまで短くして、表情から険が
消えたからか、切れ長な瞳は澄んだ湖を思わせる。間違いなく彼だ
が、別人のようでもあった。その隣では、懐かしいハウスエルフのクリ
チャーが恭しくお辞儀をしている。

「やぁ、よく来てくれたね」

しばらく顔を合わせないうちに、親友は大人びて隣の年長の男と
さほど年齢の差を感じなかった。

「やぁ、久しぶりだな。はじめまして、ミスター・スネイプ」

ハーマイオニーは既に出迎えた二人と抱擁を交わし、クリーチャーと
握手していた。

「ようこそ、ロナルド。もしよければ、私のこともセブルスと呼んでほし
い」

穏やかな口調で頼まれた。

「いや、スリザリンではミスターをつけて呼び合うのかと思ってたん
だよ、失礼した、セブルス」

 わざと慌てたふりをしたのは計算だったが、その場にいたグリフィ
ンドール出身とスリザリン出身の4人は顔を見合わせて笑った。
いい滑り出しだ、そう思いながらロン・ウィーズリーはこの訪問のた
めに頭に叩き込んだデータを反芻していた。失敗は許されないし、
するつもりもない。いつも通り、陽気な態度で軽口を叩きながらその
耳は真っ赤に染まっていた。



聖マンゴ魔法疾患障害病院

「退院?…」

 いつものように午後の面会時間に顔を見せた彼から思いもかけ
ないことを告げられた。

「うん、昨日の検査の結果次第で退院できるそうだよ。もちろん、
定期的に通院する必要があるけどね」

困惑のあまり言葉をなくした私に彼は話を続けた。

「癒者が言うには、生家はその人間を絶対に守護してくれるそうだ
よ。君の健康の為には君の実家ほど適した環境はないそうだ。君の
実家は、ご両親が亡くなられてから空き家になっていたから、僕が
君が帰っても暮らせるように手配しておいた」

「でも…」

口ごもる私を彼は優しい目で見つめた。

「ん、どうしたの?」

身体が治ったのなら退院しなければならないのはわかっているが、
一人で生活していくとなると不安だった。しかし、彼は思いがけないこ
とを提案してきた。

「実はね、君の家に僕もしばらくの間だけでも住まわせてくれない
かな?」

「お前が?」

吃驚している私に、彼は説明してくれた。

「君がいやじゃなければね。一人がいいなら、僕が訪ねてくる形に
してもいいよ。実は僕は君の身元引受人なんだ。だからできれば同
居したいのだけれどね。君の体調もまだ万全とはいえないから心配
だし」

 彼には彼の生活があるのだし、今以上に迷惑をかけたくはなかっ
たが、一人で暮らすのは心細かった。それに本音を言えば、会えな
くなるのは嫌だった。彼が見舞いに来てくれて、一緒に他愛もない
話をしながら過ごす時間は今まで生きていたうちで一番幸福に
思える。病室から彼が帰った後、いつでも一人取り残されたようで
悲しかった。

「ごめん、僕を居候させてくれないか。後見人だとかそういうんじゃな
くて、君と一緒に暮らしたいんだ。もう離れたくない」

彼が自分と同じ気持ちでいてくれたことが嬉しかった。

「私もそうしてほしい。でもうちは狭くて古いから…。お屋敷育ちの
お前はあんなあばら家いやだろう」

「君が一緒にいてくれるのなら、僕はどこでもいいよ。でも、君の家は
可愛くて素敵な家だよ」

と言って悪戯っぽく笑ったのだった。
 癒者から正式に退院の許可が出て、退院当日に迎えに来てくれた
彼と聖・マンゴを後にした時もまだ半ば信じられないような気持ちだっ
た。

 彼の付き添いで姿現しして実家に戻ったが、変わり映えのしない
古びた小さな家を見て、憂鬱になった。資産家の息子である彼にこ
んな家を見られて恥ずかしいという思いはないが、この家で魔法を
絶えず暴力と暴言で否定されて育った過去がまざまざと思い出さ
れ、本当にこの家が私を守護してくれるのかという疑問を覚えずに
はいられなかった。

「さぁ、ついた。中に入ろうよ」

彼に促されて家の扉を開けて中にはいると、しばらくその場から動け
なくなるほど驚いた。実家の内部はすっかり模様替えされ、一部間
取りも変わっているようだ。というより、外観より明らかに内部は広
い。元の家の痕跡は微塵も残っていなかった。

「クリーチャー!」

彼が奥に声をかけると、扉が開いていそいそと小走りにハウスエル
フが出てきて、恭しくお辞儀をした。

「うちでずっと仕えてくれていたハウスエルフのクリーチャーだ。
ポッター家ももう僕一人なので、クリーチャーが僕の身の回りの
世話を全部してくれているんだ。ここもクリーチャーがすっかり住み
やすいように綺麗にしてくれたよ。僕の趣味でいろいろと決めてしま
ったので君が気に入ってくれるといいのだけれど」

 ハウスエルフ特有の大きな耳に飛び出たような目、豚のような鼻、
弛んだ皮膚、しかし腰に巻いたキッチンクロスはとびきり白く清潔
そのものだった。

「セブルス様、ご退院おめでとうございます。クリーチャーめはこれ
から精一杯旦那様とセブルス様のために勤めさせていただきます。
なんなりとお申し付けくださいまし」

老いたハウスエルフは丁寧に挨拶した。彼は微笑んで見守って
いる。

「こちらこそ面倒をかけるが、よろしく頼む」

ぎこちない挨拶に、ハウスエルフは最高のお辞儀で応えた。

「新しい家族の始まりだね、今日は」

と楽しそうに彼が言うので、恥ずかしかったが肯いて答えた。
私と彼の二人分の外出用マントを受け取ってクリーチャー
がパチンと指を鳴らすと暖かそうな肩掛けが出現した。彼がそれを
私の肩を包み込むようにかけてくれた。居間の方に歩いて
いく私たちにクリーチャーは私のトランクを宙に浮かせて運びなが
ら、

「すぐにお茶をお持ちいたしますので、今しばらくお待ちください。
それからご夕食は、セブルス様のお祝いでございますから、それは
特別なものをご用意しております」

と声をかけた。クリーチャーの糖蜜パイは最高に美味しいんだよ、
家の中を見て回るのはお茶を飲んでからにしようよと彼が提案して
きて、もちろん異存はなかった。

(2011.10.4)
 

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