Blue Moon 後編

 厚いカーテンで閉じられた暗闇にスネイプの黒髪と黒衣は溶け込んで
いた。獣化しないとはいえ、普段の何百倍も嗅覚が敏感になっている
リーマスには彼が部屋の何処ににいるのかわかっていた。

「今夜は薬を飲んでいないといったら?」

リーマスは色素の薄い瞳を輝かせて、スネイプのいる方に話しかけ
た。もう何度も無言で満月の夜の奇妙な逢瀬をやり過ごしていた。リー
マスが話しかけない限り、スネイプから話を切り出すことはないと思わ
れた。この二人きりの時間は、リーマスを圧迫し続けていた。

「私は杖を持っている。捕縛できなかったら、生徒の安全のためにここ
で貴様を殺す」

リーマスを無視してまた出ていくと思ったスネイプが明瞭な声で答えた。

「ディメンターに引き渡さないのかい。お誂え向きにあいつらはホグワ
ーツの周りを彷徨いているじゃないか。死のキスはどんな味わいだろ
うね」

「私が自分で処理する」

リーマスは身を起こすとベッドに腰掛けた。ローブを着たままベッドに
潜り込んでいたので、皺だらけできっといつも以上にひどい格好をして
いるだろうがかまわなかった。闇に目が慣れて、カーテンが閉じられた
窓際に佇むスネイプの姿が見える。首を完全に隠している襟の釦を上
まできっちりと止め、昼間と変わらない様子だ。

「僕は卑怯だった。ジェームズやシリウスの君に対する悪質な悪戯を
止めることができなかったし、セブルス、闇の陣営に傾倒していく君を
止めることもできなかった」

突然、長年の胸の蟠りが口から迸り出た。

「私のことを救いたかったと?」

スネイプが静かな口調で尋ねた。その通りだった。学生時代からずっ
とそう思い続けてきた。シリウスの度を超えた悪ふざけ、叫びの屋敷で
人狼化したリーマスがスネイプを殺しかける事件さえなければ、いや、
リーマスが人狼でなければそうする事ができたはずだと長年思い続け
てきた。
あの事件の後、誰にも知られることもなかった二人の交流は途絶え
た。卒業後は、一、二年に一度、ダンブルドアの所に地下での任務の
報告に出向く時に顔を合わせることが稀にあっただけだ。スネイプは
ホグワーツで教鞭を執りながら、ダンブルドアの腹心として淡々と任務
をこなしている様子だった。リーマスが何もしなくても、スネイプは自分
の意志で闇の陣営から、こちら側の世界に戻ってきたのだ。
しかし、それが彼の本当に進むべき道だったのだろうか。リーマスが
知っていた少年時代のスネイプは才気に溢れ、危ういところはあった
が、その未来にはあらゆる可能性に満ちていたはずだ。リーマスは誰
よりもそのことを知っていた。だから闇に墜ちそうな彼の力になりたい
と願ったのだ。そうだ、セブルス・スネイプを救いたかった。本当に?

「ぼくはきみのことが好きだった」

長年、自分自身を騙し続けてきた欺瞞が剥がれ落ちる。スネイプの
ことが好きだった。そして、スネイプにも好きになってもらいたかった。
好きになってもらいたい気持ちが卑屈に歪んで、彼を救えたらなどと
いう夢に逃げていたのだ。黙ったままこちらを向いているスネイプの
青白い顔を見つめた。

「どうしてあの時、叫びの屋敷に来たの?君みたいに用心深い人が」

スネイプは答えないだろうと思った。

「おまえのことを知りたかった」

「君にだけは知られたくなかった。でも、打ち明けるべきだった」

あの事件の後に話すべきだったことを、十数年後の今話している。

「そっちに行っていい?」

答えはなかったが、リーマスはスネイプの傍に近寄った。
思い切って抱きしめると、スネイプの腕がリーマスの背中に回された。
スネイプの髪には薬草の香りがした。

「…いつまでいられるのだ」

「一年間だよ」

「…その後は?」

「ダンブルドアの命でまた他の人狼たちと接触する任務に戻る。
夢みたいだ。君が僕の腕に中にいるなんて」

リーマスを抱きしめるスネイプの腕の力が強くなった。

「君が好きなんだ。昔からずっと」

リーマスは譫言のように呟いた。

「今夜、やっとわかった」

「僕が言わなかったら、満月の度に僕のベッドサイドに立ってたの?」

「知らん」

からかわれたと思ったのか、スネイプがむっとした声を出した。融通
の利かないところは昔のままだ。

「おまえに手出ししていいのは私だけだ。何しろ殺されかけたのだ
からな」

と際どいことを言い出したスネイプに、

「いいよ、きみなら。期限付きだけど」

とリーマスは笑いながら答えた。

(2011.10.27)

【補足】
ルーの答えが、「救いたい」だったらNGでした。
スネイプが満月の夜に、ルーの部屋に勝手に侵入してたのは性格
に難ありの人だからです。でも、この後もスネは満月の夜をルーの
部屋で過ごすのですが、それはジェームズたちがアニメーガスにな
ったのと同じ理由です。満月の夜にルーを一人にしたくないから。

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