Blue Moon 中編

 もしも僕がこの忌まわしい病ではなかったら、世界をほんの少しだけ
でも変えることができるだろう。
ずっとそう思い続けてきた。あの頃も、今でもそうだ。

 彼を見ると、いつでももどかしい気持ちに囚われた。
僕が今の僕ではなかったとしたら、彼に話したいことがある。黒いロー
ブを靡かせて、地下の魔法薬学教室へ向かうスネイプの後ろ姿を、リ
ーマスはそっと見つめながらそう思った。いつものように、彼は一度も
振り返らなかった。お互いにこのホグワーツの学生だった昔から、自
分はスネイプの後ろ姿を見送ってばかりいる。

 あの時、久しぶりにセブルスと話した。闇の陣営の集会に出席して
いるという噂がグリフィンドール寮にまでまことしやかに流れていた
し、廊下で彼が闇の魔術を使っているところを目撃したこともあった。
対決相手は大抵自分の悪友達で、気まずい思いで見て見ぬ振りをし
ては後から自己嫌悪に陥っていた。ジェームズとシリウスは、スネイ
プの闇の魔術への傾倒が許せないのだという。

「あいつは存在自体が害悪だ。平気で人を傷つける」

確かにスネイプは人を傷つけていた。人を傷つけるという理由でスネ
イプが危険だというならば、人狼に対する差別と排斥にも理があると
いえる。実際に満月期の人狼は、本来の人格の意志を失っていると
はいえ危険きわまりない獣だ。
ジェームズやシリウス、ピーターの自分に対する友情には言葉にで
きないほど感謝している。しかし、スネイプには自己責任と糾弾し、
自分は無垢な被害者として手厚い愛情を与える彼らに、リーマスは
複雑な心境を抱いてもいた。実はリーマスはスネイプと学年が上が
る毎に年々親しく話をするようになっていて気心がしれていたから
だ。二人きりでいる時の彼は、なかなか手強い議論の好敵手であ
り、才気に溢れているが冷静でいつでも礼儀正しかった。敵対する
寮同士ということで表だって仲良くふるまうことはなかったが、それ
でも週に一度は図書室や誰もいない教室で会って話すようになって
いた。それが少し前にスネイプとジェームズたちが廊下で呪いの
掛け合いをしてから、しばらく会わないでいたのだった
久しぶりに言葉を交わしたスネイプは、もともと細かったがいっそう
痩せて顔色も冴えなかった。

「顔色がよくないが」

彼にそう指摘され、僕は苦笑した。自分の理由は明らかで、そろそろ
満月が近いからだ。

「大丈夫。きみも疲れてるみたいに見えるよ。あのね、今度、君に話し
たいことがあるんだ」

思い切ってそう言うと、意外なことに彼はいつものように真面目な表
情で、わかったと答えた。そして、ローブを翻すといつものように振り
向きもせずに歩き去った。彼とよく話し合えば、危険な連中との付き
合いを止められるかもしれない。それには、まず自分の秘密を打ち
明けなければならない。卑怯者が何を言ったところで、彼の心に届き
はしないだろう。しかし、彼に自分の本性を知られたくない。彼にだけ
は知られたくなかった。
結局、約束は果たされることなく、あれから長い年月が流れたのだ。

 もうじき満月の週がやってくる。スネイプは満月の日にリーマスの
私室に来る。鍵をかけておいても、夜中に目を覚ますと必ず彼の気
配があった。最初に感情的に詰って無視されてから、声をかけるの
を諦めた。この満月の夜にはまたリーマスの部屋に来るのだろうか。
セブルスにそう訊ねたら来なくなるような気がした。あるいは鍵を
開けておいても同じ結果になるような気がした。だから、リーマス
は何も訊けず、何も出来ずにいた。

(2011.10.25)

                 BACK NEXT 
 

 
inserted by FC2 system