鹿と小鳥 第15話

 明日からの小旅行に備えて、リーマスは自室で荷物をまとめていた。
着替えなどは必要最低限なものしか持っていかないので簡単だった
が、医療道具の箱に何を入れていくかは様々な事態を想定してなかな
か決まらなかった。
ジェームズがセブルスを自分たちが教育を受けた修道院へ観光がてら
連れ出す旅に随行するのだが、今のセブルスは丈夫とはいえないまで
も特に問題がなく過ごしているので実のところ心配はない。
しかし、途中で医者がいない村を通った時などに病人を診る機会がある
かもしれないし、怪我人に遭遇する事があるかもしれない。
リーマスは自分の事を特権階級に属していると考えたことはないが、
庶民はちょっとした諍いで殺し合いにすぐに発展するようだ。
土地や水を巡っての争いなら理解できるが、料理屋で隣に座った者の
肉の切り方が気に入らないとかそういう些細な事がすぐに刃傷沙汰に
なるらしい。もう少し命を大切にしてもらいたいものだが、フィレンツェで
外科の心得を学んだ事が役に立つかもしれない。ブラック家に援助し
てもらっている身で下賤と見られている外科を学ぶなど有り得ない選択
なので留学先でこっそり学んだのだ。リーマスは占星術で病気を診立
てるような内科のやり方よりも、外科の技術の方が人の命を救えると
思うのだが外科医術に対する偏見は根強くある。
そんなことをとりとめもなく考えていて、ふと気配を感じて顔を上げた。
この屋敷の美貌の主が、静かにリーマスを見つめていた。いつの間に
か部屋に入ってきていたらしい。

「準備はできたか?明日は早く出発するぞ。船で行けば早いのに、ジェ
ームズがあのチビに風景を見せてやりたいらしいからな。子ども連れだ
から途中で泊まるのは避けたいと言うし」

 シリウスは不満そうな口調で話し出したが、厨房のジョンに途中で食
べる軽食や飲み物を準備させていることや、セブルスのために美しい
マントと帽子を作らせてプレゼントする用意をしていることからしてこの
旅行を楽しみにしていることがわかる。セブルスのマントと帽子は、レ
ギュラスが手紙で伝えてきたフランスで流行しているデザインに、シリ
ウスが織物を選んで発注したものだった。シリウスなりにセブルスの
存在をやっと受け入れつつあるのかもしれない。

「ぼくの荷物はこれだけだよ。きみはできてるの?」

と質問すると、まあなという返事が返ってきたので準備は万端なのだ
ろう。

「じゃあ、明日起こしに行くから今夜はよく寝ておけよ」

そう言うとシリウスは部屋を出ていった。おやすみ、と言いながらリーマ
スはその背中を見送った。
 レギュラスがフランスに戻ってから、シリウスと何度か寝た。おそらく
シリウスは弟がいなくなって寂しかったのだろう。真夜中過ぎに目覚め
ると必ずシリウスが立っていた。夜の闇に紛れてシリウスを慰める。
誰にも知られることはない。それだけではなく、当事者の二人の間でも
この関係を言葉にしたことはなかった。
シリウスがリーマスに求めているのは、恋愛感情ではないとリーマス
は考えている。かといって肉欲というわけでもない気がする。
シリウスとリーマスがこのような関係になってからも、平行してシリウス
は殆ど途切れることなく誰かと関係してきた。最近は、ジェームズのと
ころにセブルスがやって来てからだが、何故か家政に熱中するようにな
り、そういうことから関心が離れているようだが、シリウスは恋をするた
めに生まれてきたような美貌と才能と家柄に恵まれた若者だ。
シリウスにとってリーマスとの行為は、より強く結びつくための手段に
すぎない。シリウスは、少年の頃からリーマスの手を離さない。一度だ
け、リーマスがその手を離しかけたことがあった。そして、その時から
二人の関係は始まったのだった。
 今夜はシリウスは来ないだろう。明日はジェームズたちと会った時、
情事の残り香がほんの僅かにでも洩れることがシリウスには耐えられ
ないからだ。シリウスは、リーマスとの秘密の関係を守りたいのだろう
か、それともジェームズにだけは知られたくないのだろうか。そんな風
なことを考えた自分にリーマスは苦笑して、荷物に封をした。

(2011.11.17)

 

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