鹿と小鳥 第9話

 セブルスとマルチーズ達が部屋から消えていた。
言葉を話さないセブルスはいつも静かだったが、あの騒々しい犬達が
かなり長い時間大人しくしていたことに誰も気を止めていなかったことは
不思議なことだった。不測の事態にジェームズは見る見るうちに青ざめ
ていったが、自分で自分に叱咤するような動きですぐにセブルスを探し
始め、皆もそれに倣った。
絹やヴェルベッドの生地の下に隠れているのではないかと、ジェーム
ズやシリウス、リーマスと乳母や仕立屋やお針子達まで総出で布の
下を捲って探したが見つからなかった。寝室や衣装部屋、召使い達の
部屋までセブルスの名を呼びながら探し歩くジェームズの後ろをシリ
ウスもついて歩いたが、主寝室で大きな寝台の横に小さな寝台が置
かれているのが目に留まり、ジェームズがセブルスを同じ部屋で眠ら
せていることに密かに驚いた。
ジェームズはセブルスを呼びながら、誰もいるはずもない平らに敷か
れた上掛けや毛布をめくってはぎ取っては、失望して床に落とした。
シリウスは何故か拾うのが躊躇われて、脇にそっと避けながらジェー
ムズに続いた。
ポッター家の居所の何処にもセブルスと犬達はおらず、人々は落胆
すると同時に改めて誘拐か神隠しではないかという不安に包まれた。
しかし、いくらセブルスの衣装に気を取られていたとはいえ、白昼堂々
と誘拐犯がこの大人数の部屋に入り込み、セブルスと煩く吼える犬達
を拐かすことは不可能に思われた。
シリウスがセブルスは歩けるのかと質問すると、リーマスに珍しく微か
に苛立った口調で足は何の異常もないと言われたが、実際に歩くとこ
ろを見たことがなかったのだから仕方ないだろうと、こんな時にも関わ
らずシリウスは憮然としてしまった。いつもジェームズか乳母に抱かれ
て移動しているし、部屋ではジェームズの膝に乗っているか、クッショ
ンに凭れている姿しか見たことがない。
そんな有様ならば、自分の足で歩いているとすればそう遠くへは行っ
ていないはずだ。ジェームズが今まで見たことがない暗い表情で、
セブルスはこの居所と礼拝所の二つの場所しか知らないと言って癖の
強い髪を掻き毟った。あの重い扉を、か細い子が自分で開けて犬と
ともにともに出ていったというのだろうか。それは無理があるように思
われたが、シリウスが来訪してから、リーマスと乳母が部屋に来るまで
には、お針子や召使いが何度かちょっとした用事で扉を出入りしており、
かなり慌ただしい雰囲気の中、扉をきちんと閉めていなかったのかもし
れなかった。シリウスは、何となく薄気味が悪いあの子どものことなの
で、現れた時と同様に不意に消え失せるということもあるのではないか
という気がしたが、ジェームズの手前黙っていた。

「この部屋にはセブルスはいなかった。部屋の外を探そう」

リーマスが落ち着いた声でジェームズに声をかけた。蒼白な顔をして
いたジェームズは、そのやわらかいが決然とした声に正気にかえった
かのように頷いた。そして、「主よ…」と呻きながら、祈祷台によろめく
ように向かいかけていた乳母に

「礼拝所まで、もう一度行ってみてきてくれないか。あの子は、ここ
と礼拝所までの廊下しか知らないから。僕はこの辺りを探してみる」

と頼んだ。その言葉に乳母もはっと我に返った様子で十字を切ると、
召使いの一人に支えられながら震える足取りで出ていった。
シリウスは、ブラック家の召使いにも捜索の手伝いをさせようとポッ
ター家の召使いを使いを出して、ジェームズ達と一緒にセブルスを探
そうと廊下に出たが、駆け足でブラック家の居室に向かった召使いが
急に立ち止まって、振り向いてシリウスを見た。シリウスが怪訝に思っ
ていると、召使いは混乱したように前を見ては、振り返って後ろのシリ
ウスに視線を向ける。

「何だ?」

と声をかけようとした時、濃紺のヴェルベッドに銀糸で刺繍が施され
たフランス風のタブレットが視界に入った。タブレットと同じヴェルベ
ッドのゆったりとしたラインのホウズをつけている。その下のブリーチ
は絹のようだった。さりげなく最上級の品を身につけている。そして、
ビレッタを絶妙な角度で斜に被った顔は、シリウスに瓜二つだった。

「レギュラス!」

「兄さん、お久しぶりです」

レギュラスの後ろをブラック家のお仕着せを着た二人の召使いが
室内用の輿を担いで従っている。
一人乗りの華奢な輿に乗っていたのは、皆が探していた小さなセブ
ルスだった。


(2011.9.18)
 

 
inserted by FC2 system