鹿と小鳥 第8話

 ある日の午後、シリウスはポッター家の居所を訪問した。リーマスが
セブルスの診察するために訪問するということだったので、待っていよう
と思ったのだ。その後は一緒に船でシリウスの私邸に戻るつもりだった。
ポッター家の従僕が彫り物が施された重厚な扉を開けて恭しくシリウスを
迎えたが、部屋の中は家具の上から極彩色の滝のように掛け渡された
絹やベルベッドの布地、女子修道院で編まれた繊細な模様のレースの
山で足の踏み場もない有様だった。部屋の中央のわずかな空間では、
ジェームズの注文を聞きながら仕立屋が指示して、数人のお針子たちが
熱心に針を動かしている。シリウスは、呆れたように片眉をつり上げたが、
優雅な身のこなしで、絹とヴェルベッドとレースの海を泳いでいった。

「ジェームズ!」

「やぁ、シリウス。そのあたりに綾織があるから踏まないように気をつけ
て。そうだ、この淡黄色の絹地をどう思う?緑をアクセントに使って春の
ガウンにするつもりなんだけど」

 いうまでもなく、近頃のジェームズの趣味になっているセブルスの新し
いガウンの採寸中だった。
主役であるセブルスは、暖炉の前の毛皮の敷物の上で、クッションに
もたれて相変わらずの無表情だが、どこかつまらなそうにしている。
午前中に礼拝に出かけたのか濃紺の絹のガウンを着ていたが、ヘッド
ドレスは外して両耳の上に小さな真珠の髪留めをつけ清楚な様子だっ
た。三匹のマルチーズたちも傍で一緒に寝そべっている。乳母はまた
礼拝に出かけているらしくいなかった。
ジェームズは、布地をセブルスの肩に当てて顔映りを見ては、仕立屋と
話し合っていたが、仕立屋は、贔屓の好みを飲み込んでいて、深紅や
緑のセブルスに似合うのがわかっている布地を山のように持参してい
たが、それとは別に春に向けて淡い色合いの絹地やレースも抜かりなく
用意してきていた。
シリウスは、自分の美の基準からいえば不器量としか思えない子ども
を溺愛して飾りたてるジェームズのことが理解できなかったが、衣装に
関しては一家言もっているので意見を求められると真面目に答えてし
まった。

「それは悪くないが、一色濃い色を入れたら印象がもっと引き締まるん
じゃないか。ヘッドドレスのレースに臙脂か焦茶のラインを入れるとか」

 シリウスの率直な意見に、ジェームズもなるほどそれはいいと感心し、
仕立屋も交えて布地やデザインについて改めて話し合いながら決めて
いくことになった。シリウスは、こと女の衣装に関しては気難しい好みが
あるので、自分で一から選べるとなると興が載ってしまった。ジェーム
ズは、セブルスの身につけるものを新調することが現在の最上の楽し
みで、仕立て屋としては気前の良い上客たちの好み通りに再現するべ
く微に入り細を穿ち話を聞きとったので、勢い鼎談は熱の篭ったものと
なっていったのだった。

「このオリーブ色の絹で、ケープも作っておこうか。そうだ、外出用の
帽子もいるな」

 ジェームズは、もう少し気候が緩んだら、セブルスの保養を兼ねて
自分たちが教育を受けた修道院に遠出する計画をたてていた。リーマ
スが同行するので、シリウスも当然一緒に行く予定にしている。

「どうせ馬車に乗せていくんだろう?馬なら乗馬服がいるが」

 シリウスの指摘に、ジェームズは乗馬服も誂えたい衝動を覚えたが、
その時、ドアをノックする音がした。

「あれ、セブルスは?気分でも悪くして寝ているのかい」

 礼拝帰りのセブルスの乳母と一緒に部屋に入ってきたリーマスの言葉
に、部屋にいた全員がはっとした。
暖炉の前に敷かれた毛皮の上は空だった。

(2011.9.11)

 

 
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