鹿と小鳥 第33話

 久しぶりに再会した友人達の抱擁と言葉の嵐が一通り済むと
すぐに屋敷の中に案内された。シリウス一行が到着するとの知
らせを受けてジェームズと外に立って待っていたセブルスは、ジェ
ームズとシリウスが騒々しく再会を喜び合った後でリーマスに優
しく声をかけられ、レギュラスがセブルスに恭しく挨拶を仕掛けた
頃には足が疲れたのか頭をぐらぐらさせていた。いつものように
セブルスのことになると目敏いジェームズがすぐに気づいてセブ
ルスの華奢な肩を庇うように手を添えて室内に一行を招き入れ
たのだ。
 この屋敷はポッター家が受爵するより以前のこの地方一帯の豪
農であった先祖が建てたものを何度か改築を重ねてはいたがその
まま使い続けてきており、外観こそ優美とは程遠いが内部は最新
式の暖炉を各部屋に備え、厨房も現代風に改造されていて便利
に生活できるようになっている。宮殿の居所やロンドンのポッター
邸よりも格段に質素だが、合理的なポッター家の本質がもっとも
よくわかる屋敷だ。シリウスとリーマスは少年時代に訪れた時の
ことを思い出し、ジェームズに懐かしそうに話しかけた。
この屋敷はジェームズが幼少時代の大半を過ごし、学問を学ぶた
めに修道院に入ってからも帰省することが多かったのだが、両親と
妹が亡くなった場所でもあるので、シリウスとリーマスはなるべく
話題に出さないようにしていた。この度のセブルスを伴っての帰省
はジェームズにとって古い思い出に区切りをつける良い機会にな
ったのかもしれなかった。シリウスは小柄なセブルスが椅子に腰
掛け、片膝をついた弟レギュラスに恭しく手を取られ話しかけられ
ている一種奇妙な光景を見やりながら、セブルスがもたらした新
風を受け入れる気になっていた。レギュラスはセブルスに兄の命
を救ってくれたこと、自分に兄が病に倒れたことを知らせてくれた
ことに深い感謝の言葉を捧げ、セブルスの聡明さ、心の優しさを
滑らかだが熱のこもった口調で誉め称えた。レギュラスはシリウ
スが快癒期に入り、使用人たちが仕事に戻ってからは何か書き
物をしている事が多かったが、セブルスを礼賛する詩でも書いて
いたに違いない。シリウスは大袈裟すぎると呆れたが、リーマス
までもレギュラスに賛同する言葉を添えたので、シリウスも不本
意ながら礼を言わざるを得なくなった。セブルスは相変わらずの
無表情ながらもどこか困っているような様子だったが、ジェームズ
の助けを借りて、状況を説明しだした。
シリウスがかかった流行病のことは流行する前から知っていた
こと、ダンブルドアとリーマスが手当の方法や効果のある薬草を
教えてくれたのでジェームズに頼んで集めたこと、ポッター家の
居所で病人が出た後でシリウスの様子を見て病気だとすぐにわ
かったが、自分一人しかいなかったのでできるだけのことはして
みたことなどをたどたどしく話した。既にジェームズの手紙に書か
れていて知っていることも多かったが、リーマスはセブルスの
機転と勇気に感心した様子で詳しい話を聞きたがり、レギュラス
は同意しながらも何故自分に早馬で知らせてくれたのか尋ねた。
レギュラスはセブルスが手紙でシリウスの病気を知らせてくれた
ことに感激していたが、不思議にも思っていたらしい。セブルスが
言うには特に深い理由はなく、宮殿からここに避難するときにジェ
ームズにしばらく手紙を出すことはできないと言われたので、レギ
ュラスからもらった手紙の返事を急いで書いたということだった。
セブルスは几帳面な性格だからねといってジェームズが明るい
声で笑ったので皆も単純に笑顔になった。その通りの事情だった
かもしれないが、セブルスなりの照れ隠しだったのかもしれなか
った。レギュラスが兄の病気を知らされずにいたならば、万一の
場合にひどく苦悩したに違いないのだ。ジェームズ以外の人間に
は関心がないように見えるセブルスだが内心は違うということに
皆が気づき始めていた。シリウスが不意に持参の土産を思い出
して、その中のセブルスへの包みを木箱から取り出して手渡し
た。いつか話していた香り玉の材料になる輸入ものの貴重な香
辛料だ。相変わらずセブルスは礼を言うでもなかったが、包みを
あけずに鼻でくんくんと香りを嗅いで、かなり興味をそそられてい
る様子だった。

「さぁ、皆で再会を祝して乾杯しようじゃないか」

 ジェームズが朗らかに皆に宣言すると、村娘たちが秘蔵の葡萄
酒をゴブレットに注いでまわった。隣の部屋には村人たちにふる
まわれるために自家製エールや林檎酒の樽が用意されていると
いうことだ。

「こんな田舎にやんごとない方々をお迎えできたのだから二、
三日はお祭り気分でいこうと思っているよ」

 悪戯っぽい口調で謙ったジェームズが乾杯の音頭をとるとたち
まち屋敷中が愉快な空気に溢れた。



「どうしたのじゃ、ピーター。そう緊張せずともよい。見たままを
わしに話せばよいのじゃよ」

 偉大な修道院長、この国の良心とも讃えられているダンブルド
アを前に、ピーターは自分の背が急に縮んだような錯覚に囚われ
ていた。

「はい、ダンブルドア様」

 ピーターに微笑むダンブルドアのブルーの眸は澄んで優しい。
それなのに、どうして自分の膝の震えは止まらないのだろう。
ピーターにとってダンブルドアに嘘をつくことは神を欺くに等しい
ことだ。正直に話すだけだと思うのにピーターは何故か後ろ暗
い気持ちを隠そうとする自分に戸惑っていた。

「シリウスはおまえに親切にしてくれるかな?」

 緊張していたピーターの表情がぱっと綻ぶ。

「はい!とても優しくしてくださいます」

 ピーターはリーマスの助手として働くことも好きだったが、シリ
ウスの従者として働くことに誇りを覚えていた。あの高貴で美貌
の主は、気まぐれだが率直な性格をしていて、ピーターなどの小
者にも親切だ。ダンブルドアはピーターの返事に微笑したまま肯
いた。

「リーマスはどうかな?あの子はよい子じゃが、おまえを働か
せすぎてはおるまいの。仕事が出来る者が陥りがちな過ちを
犯してはおるまいの?」

 ピーターは大急ぎで首を横に振った。リーマスほど献身的な
人をこの修道院で働いていたピーターでも見たことはない。
しかし、リーマスの心遣いはピーターにも向けられているので、
自分にできることならリーマスの手伝いをする事は少しも苦に
ならないのだ。

「ふむ、そうじゃと思ってはいたが安心した」

 ダンブルドアはピーターのまるい顔を優しく見つめた。

「それで、シリウスとリーマスのことじゃ。おまえが見たまま
を隠さずこのわしに話しておくれ」

(2013.2.27)

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