鹿と小鳥 第28話

  広大な宮殿の一隅に与えられたポッター家の居所では、当主で
あるジェームズと、小さなセブルスが食事を始めようとしているとこ
ろだった。セブルスは黒髪を結い上げるようになったので以前より
大人びて見えたが、仕草は相変わらず幼く、好きなものに手をのば
して掴み、自分の皿に確保してから食べ始めた。そこへ、ジェーム
ズの親友でブラック侯爵家のシリウスが欝とした表情で現れた。
ジェームズは来るんじゃないかと思っていたよと笑いながら、自分
の向かいの席に座るように言った。既にシリウスの為の皿が用意
されてある。セブルスは最近、頻繁に部屋に出入りするようになっ
たシリウスに未だに慣れずに微かに眉を顰めたが、黙ってパンを
むしっては口に運んでいる。シリウスも相変わらずのセブルスの
偏食ぶりに片眉を弓なりにつり上げて、鶏の腿のローストに塩を
振りかけて豪快にかぶりついた。シリウスは舞踏会の翌日にリー
マスのいる自邸に船で戻るつもりでいた。それが、出発する間際
にリーマスから急ぎの手紙が届いたのだ。慌てていたらしくリー
マスらしくない乱れた筆跡で、質の悪い病が予測以上のスピード
で蔓延して死者も日に日に増えている。だから病の流行が終焉
するまで絶対にこちらに戻ってきてはいけない。宮廷で病人が出
るのも時間の問題だから、できるだけ遠くの領地まで避難するよ
うに、感染のリスクをこれ以上冒さないためにもこちらから連絡す
るまで返事も不要と書かれてあった。そして、ジェームズにもこの
事を伝えてほしいとも書き添えてあった。シリウスはすぐにもリー
マスのところに応援に行こうとしたのだが、リーマスの警告を知ら
せたジェームズに制止された。優秀な医師であるリーマスの指示
に従うべきで、この宮廷から秘密裏に脱出する事を考えなければ
いけない。ジェームズの真剣な表情に、我を忘れかけていたシリ
ウスは理性を取り戻した。疫病が流行している事を国王に警告
すべきかジェームズとシリウスは検討したが、あの潔癖性な国王
に疫病が流行しているとわざわざ報告すれば、自分の治世への
侮辱ととられかねない。いずれは宮廷でも病人が出るか、その前
に疫病の流行が終焉するかどちらが実現するかわからない。
不確実なものに賭けるわけにはいかない。それは自分達以外の
者の役目だ。
 ジェームズはセブルスを連れて避暑に故郷に帰ると周囲に話し
て、セブルスの衣装を選んで荷造りを始めた。シリウスは幼少時
に育った城が宮殿からも、現在疫病が流行している土地からも
遠いのでそこで暫く過ごすことにした。馬の飼育が盛んな土地
なので、新しい馬を選びに行くと言っておけばよい。ブラックの領
地にいれば、リーマスの情報も入りやすい。一見、普段通りに振
る舞いながらも着々と旅行の支度を整えるジェームズやシリウス、
使用人たちを横目にセブルスだけは本当に普段通りに過ごして
いた。礼拝所には風邪を理由に出向くのを止めているので、部屋
に一日中引き籠もっているが全然平気そうだった。自分で乾燥さ
せた薬草を整理したり、ダンブルドアやレギュラスからもらった
手紙を読み返したり、返事を下書きしてジェームズに添削して
もらったものを清書して、それをまたジェームズに見せたりしな
がら、信仰深い乳母と一緒に決まった時間毎に祈祷をして淡々
と一日を過ごしている。シリウスが頻繁に部屋に来るようになっ
た当初は、苦手なシリウスが毎日来るのに、好きなリーマスと
ピーターが姿を見せないことに失望してジェームズに不満げな
表情をやんわりと宥められていた。この頃では諦めてしまったよ
うだが、今日も食後にゴブレットで葡萄酒を煽るシリウスをちらり
と見てから小さく溜息をつき、ダンブルドアからもらった薬草につ
いて書かれた手紙を読み返し始めた。普段のシリウスならそん
なセブルスに絡んできそうなものだったが、リーマスと離れてい
る心痛でそれどころではない様子だ。友の不安を察しているジェ
ームズが荷物の指示の合間にシリウスの意見を聞いてみたりし
て少しでも気を紛らわせようとしたが、シリウスは気乗りしない様
子で、美しい顔を曇らせて沈み込んでいた。

(2012.9.30)

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