鹿と小鳥 第21話

 ダンブルドアを囲んでの食事会の席上で菜の花のような明るい黄色を
したとろとろの卵料理をセブルスが小さな手で握った匙で掬っては口に
運ぶ様をジェームズがにこやかに見守りながら世話をやいていた。その
様子を見守る食卓の人々の表情は、シリウスが呆れ返った顔を顕わに
していたことを除くと和やかだった。新鮮な空気に刺激されたのかいつも
よりセブルスの食が進んでいるのが喜ばしい。そんなことを考えながら
ジェームズがセブルスを見つめると南国のオレンジが物珍しいのかくん
くんと匂いをかいでいるので皮を剥いてやるとおそるおそる口にしたが
瑞々しい酸味が気に入ったらしくもっと剥くように目で合図してきた。
ダンブルドアがオレンジの皮を干しておくとよいと教えると、セブルスは
オレンジの皮を手元に引き寄せて置いた。昼間の花と一緒に持って帰
るつもりらしい。ダンブルドアは何かとセブルスを気にかけて、南の綺麗
な色の鳥がいるからセブルスにあげようかと話しかけると、

「いぬがおります」

ときっぱりとした返事がかえってきたので、シリウスは内心驚いた。大体
において単語しか発せず、それも本人の気が向いた時に限るらしかった
のでジェームズやリーマス以外と初めて会話らしいものをしているのを
目にしたのだ。ダンブルドアが、ほぉ、どんな犬かなとセブルスに再び
問いかけると、

「マルチーズです。三とういます。王さまがくださいました」

という返事が返ってきたのでますますシリウスが驚いていると、ジェー
ムズが国王からセブルスに犬が下賜された経緯を説明した。そして小
型犬だがなかなか活発なので、鳥と一緒に飼うと鳥の生命が危機に瀕
することになりかねないと話した。セブルスは犬たちを追いかけて迷子
になったこともあるし、あの犬たちのことは気に入っているのだろう。
マルチーズというものは貴婦人が腕に抱いて愛玩する犬種だがひどく
高価だ。シリウスはスパニエルなどの猟犬が好みでマルチーズには
元来興味がなかったが、セブルスのマルチーズたちの騒々しい様子に
は常々疑問を感じていた。国王の飼い犬だったのだからまさか血統に
問題はないだろうし、手入れが行き届いている限りは美しい毛並みを
している。しかし、国王から贈られたということで遠慮して躾ていない
のではないのだろうか。シリウスがジェームズの居所を訪問する度に、
三頭一丸となって吠えかかってくるので迷惑だった。ダンブルドアが
今度来る時には一緒に連れておいでとセブルスに話しかけると、こくり
と小さな頭が頷いた。これでセブルスが次にここを訪問することを許さ
れたということだった。

 どうしてこんな事になってしまったのだろう。穏やかな陽気の下、ゆっ
くりとした足並みで馬を走らせながらシリウスは溜め息をついた。綱を
持つ両腕の中ではセブルスがじっと座っていた。一応貴婦人らしい横
座りで背筋を伸ばしている。外出用の鍔の広い帽子に隠れて表情は
見えなかったが、薄い唇は一文字に結ばれている。前をピーターが大
きな馬を巧みに乗りこなして走っている。馬はダンブルドアが餞別に
与えたもので小柄なピーターには大きすぎたが、そのうち身長が伸び
てちょうどよくなるだろうということだった。
 ジェームズとリーマスが、かつてのポッター家の使用人の家に立ち
寄ることになり、シリウスがセブルスを連れて帰ることになったが、シリ
ウスは悪戯を思いついた。自分の馬に副鞍をつけてセブルスを二人
乗りに誘ったのだ。セブルスは嫌がるだろうから、自分一人で帰るつ
もりだった。セブルスは御者が馬車で送ればよいのだ。ところが、セブ
ルスは恭しく差し出されたシリウスの手に小さな手を載せたのだ。慌て
たのはジェームズでセブルスはまだ小さいので後ろに乗るとシリウス
の目が届かないので危険だから馬車に乗って帰るようにと騒ぎだし
た。後に引けなくなったシリウスが試しに副鞍を降ろして自分の前に
セブルスを乗せてみると大人用の鞍に二人で乗れたので自棄気味に
そのまま出発することにした。四分の一マイル走ったら必ず休憩する
ようにだの、セブルスが落馬しないようにロープで馬とシリウスに括っ
ておけだの、ピーターは前後左右に常に注意しておかなければいけ
ないなどとくどくどと注意するジェームズに、

「ちゃんと送り届けるから安心しろ」

と言い放つと、シリウスは馬の横腹に合図して駆けだした。慌てて
ピーターが馬を走らせて先導する。

「行きはあんなに怖がっていたのに、今度は平気なのか」

シリウスはセブルスに話しかけてみたが、返事が返ってくるとは思わな
かった。

「せつめいしてくれたから。さきにかえってまってる」

予想外だったが、セブルスが答えた。ジェームズが事情を説明して聞
かせたのだろう。行きは置いてけぼりにされたから不安になったという
ことか。

「そうか。寒くはないか?」

シリウスがそう言うと外出用の帽子を被った小さな頭が左右に揺れ
た。シリウスは少し馬が走る速度を早めた。

(2012.2.4)

inserted by FC2 system