鹿と小鳥 第18話

 修道院に到着すると、シリウスとセブルスは貴族専用の応接室に
案内された。修道院といっても宮殿並みに豪華であり、貴族の子弟の
教育も行われていた。ジェームズとシリウスとリーマスはここで知り合
ったのだ。シリウスにとっては懐かしい場所だが、同時に複雑な思い
を抱える場所でもあった。リーマスはずっとここで過ごしたかっただろう
と思うからだ。無理やりに良い条件をつけて連れ出した後ろめたさが
今でもある。ブラック家の援助なぞなくてもリーマスはここで立派に
出世していたに違いない。シリウスはこの修道院の院長のダンブルド
アと顔を合わせることが少し怖かった。責められるとは思っていない。
しかし澄んだダンブルドアの叡智の目は、シリウスの子どもじみた執
着を見通すに違いなく、そのことが恥ずかしかった。修道士見習いの
薄茶の髪と目をした小太りの少年が温かい飲み物を運んできたり、
顔色の悪いセブルスを気遣って暖炉の薪を足したり何くれとなく世話
をしてくれ、厩舎に走っていってはジェームズ達が到着したか見てき
てくれた。暗い顔をして硬直しているセブルスにどう接すればいいの
か、できればそのまま放置しておきたいシリウスは途方に暮れていた。
ジェームズは乳母を同行させるべきだったのだと自ら世話をしたがる
ジェームズを恨めしく思った。小太りの少年の話によると修道院長の
ダンブルドアは外出中ということだった。ジェームズが予め手紙を送って
いたので今夜中には戻るので明日には面会できるということだった。
少年は名高い大貴族の子息であるシリウスの部屋の世話をすること
になって緊張していたが、シリウスの優雅な美貌に圧倒され張り切っ
た。シリウスに連れられて来た小さなレディはポッター伯に縁のある方
だということだが、旅の疲れかひどく顔色が悪く心細い様子で気の毒
だった。ポッター伯が早く到着なさればいいのにと思いながら少年は
応接室と厩舎を何度も往復した。
 ジェームズとリーマスが修道院に到着したのは、少年の給仕でシリ
ウスとセブルスが気詰まりな夕食をすませた後だった。セブルスはほ
とんど何も食べず、エールを少し飲んでパンを毟っていた。ジェームズ
が少年に案内されて部屋に入ってきた時、いつぞや宮廷で迷子になっ
たときのような再会劇が繰り広げられるのかと思いきや、セブルスは
ジェームズの姿を認めるとほっとした表情を浮かべたが淡々とした様
子だったし、ジェームズもセブルスを膝に乗せて謝ったり、異常がない
か見た他はいつもと変わらない態度でシリウスにセブルスの世話をし
てくれた礼を言ったのだった。リーマスも平常と変わらず穏やかな態
度だったが少し疲れているようで顔色が冴えなかった。ジェームズと
リーマスが簡単な食事をする間に、昼間の顛末をシリウスに語って
聞かせたが、セブルスは暖炉の前の敷物の上にクッションにもたれて
座っていた。
 ジェームズが会いに行った女は、やはりかつてポッター家の田舎の
屋敷に勤めていて、ジェームズも顔を知っていた。ポッター家を辞めた
後に結婚して子供が数人できたが夫とは上手くいかなかったらしかっ
た。女と子供達でロンドンに出て暮らしていたが、男の子が怪我をし
たのがもとで寝付いてしまい、生活も苦しくなったので都会を離れて
田舎暮らしをしているということだった。リーマスが診察したところ、
男の子は骨折した時に適切な治療を受けられず、栄養状態も良くな
かったので寝付くことになったのだろうということだった。栄養と衛生
面を改善すれば、脚の骨はおかしなくっつき方をしてしまっているの
で多少足を引きずって歩くことにはなるが元気になるということで、
ジェームズが経済的な援助を約束し、リーマスが帰りに寄って再び
診察することになっているのでひとまず安心だった。

「キャサリンというんだけど、昔、うちの田舎の家で働いていてね。まさ
かこんなに貧しい暮らしをしているとは思わなかった。僕より年上だっ
たけれど明るい娘でね、うちの両親も気に入っていたんだ。父だったら、
きっと助けてやるんじゃないかと思ってね」

 ジェームズはそんなことを話しながらセブルスを膝に乗せて暖炉の
傍に座った。薪が燃えて爆ぜ、ジェームズとセブルスの顔を明るく照
らした。シリウスは家の者を大切にするのがポッターの家風なのだ
ろうと思い、大変な一日だったが人助けもしたことだしまぁ悪くはな
かったなとぼんやりと考えた。


(2011.12.17)

 

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