鹿と小鳥 第17話

不意にセブルスが目を覚ました。黒い瞳がジェームズを探している。いつ
も傍にいるジェームズが見あたらないのでセブルスは恐ろしそうに小さく
震えた。

「ジェームズはこの下に住んでいる昔の使用人に会いに行っている。
リーマスも一緒だ。どうやら病人がいるらしいな。すぐに戻ってくるだろ
うからもうちょっとここで待っていよう」

シリウスはなるべく穏やかな声でセブルスに話しかけたが、セブルスは
ひどく不安そうな様子でマントの中に小さな手を入れて胸に当てた。
あのPのネックレスを掴んでいるのだろう。子どもをどう慰めたらいいのか
わからないし、何とも気詰まりな空気を持て余してシリウスはジェームズ
とリーマスの帰りを待ちながら辺りを苛々とした様子で歩き回っていた
が、急にセブルスが悲鳴を上げたので吃驚して駆け寄ると、いつの間に
か汚らしい格好の子どもたちがセブルスの傍にいた。口々にセブルスの
豪華な衣装に感嘆の声を上げている。害はなさそうだったが、セブルス
が怯えているので追い払うと、子どもたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ
去っていった。ふとセブルスを見るとうつ伏せたままじりじりと這いずっ
ていた。その異様な行動にシリウスは唖然としたが、セブルスが丘の下
のジェームズのところまで行こうとしているのだと気づいた。自分のマント
を脱ぐとセブルスを包んで抱き上げた。

「下までお連れしよう。レディは地面を這うものではないぞ」

セブルスは固く縮こまっていたが暴れはしなかったので、そのままシリウ
スは丘を下りだした。降りきったところで御者が走ってきた。

「シリウス様とセブルス様で馬車で先に出発してほしいとお伝えするよう
にとのことでございます。ジェームズ様とリーマス様は後から馬で追いか
けると仰っておられました」

「病人は流行病なのか?」

「いいえ、そうではございませんが衰弱しておりまして、家もかなり不潔
な様子ですのでセブルス様を近づけたくないとのことで」

御者はすぐに出発する用意をすると言って走っていったのでシリウスもセ
ブルスを抱いたまま馬車に向かった。その様子を少し離れた場所から村
人たちが貴公子然としたシリウスの姿に魅入られるように見ていた。そ
の中には先ほどの汚れた子どもたちもいて、

「わぁ、王子様だよ。さっきのお姫様も一緒だよ」

と大きな声で話していた。馬車に乗り込み、御者が荷物を積み込むの
を待って出発したが、セブルスは馬が走り出すと後ろを振り返って悲痛
な表情をして震えた。後からジェームズが来ると聞いても不安で仕方な
いのだろう。シリウスは元から気に入らない子の世話が降り懸かってき
た事に困惑しつつも、地面を這ったために汚れた衣服の泥を払ってやっ
たり、杏の砂糖漬けを出して勧めたりしてみたがセブルスは首を振るば
かりだった。早々に諦めたシリウスは外の景色に目を遣りながら、先ほ
どの子たちはこのセブルスと同じ年頃だろうかと考えた。庶民の、特に
女の年というものはよくわからない。あのように小汚い子でもすぐに嫁に
行き子を産むのだろう。庶民の女は、子どもと娘と年寄りしか見た事が
ないような気がする。苦労が多いので娘から一気に年をとってしまうの
だろう。早くに結婚するのは貴族階級でも同じで確かシリウスの母親は
12歳で結婚して翌年にシリウスが生まれたと聞いている。そのせい
か、今でも母親というより姉に見えるほど若々しい美貌を保っている。
母親の場合は、宮廷生活の方が何より大事で子が宮廷で使い物にな
る年齢まで無関心だったことも若さの秘訣かもしれない。リーマスにしょ
っちゅう妖しげな美容液を依頼しているらしいが、何のために美貌を保
とうとしているのだろう。母親のことを考えるといつでも苛つく。首を振っ
てセブルスを見遣ると、まだ小さく震えていた。声を出して泣かないとこ
ろがこの子どもらしかった。思えば、シリウスの思いのままにならない
女は、母親についで二人目だ。シリウスの美貌などセブルスにはどう
でもいいのだろう。最初からすべてが何となく気に入らない子どもだが、
そこだけはいいとシリウスは思った。車輪の揺れに身を任せながら、馬
車の中の二人は追いかけてくるはずの相手を待ち続けていた。

(2011.12.8)
 

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