鹿と小鳥 第13話

 セブルスが手紙をジェームズの目の前に差し出した。ジェームズが、

「読めない文字があったのかい?」

と尋ねるとこくりと肯いて指さし、早く読むようにと視線で促す。
見事な筆跡の主はレギュラス・ブラックだ。シリウスの弟で、従姉の結
婚式に出席するためにフランスから帰国していた時にセブルスと偶然
知り合ったのだ。もともとジェームズともシリウスを通じて幼い頃から親
交があったので、リーマスも交えてブラック兄弟とジェームズとセブル
スで楽しい一時をこの居室で過ごしたのだった。再びフランスに戻った
レギュラスからセブルスに手紙が届けられてきたのだ。ジェームズの
ところに日に何通も書状が届くのを見ていたセブルスは、生まれて初
めて自分宛の手紙が届いて驚いた表情を浮かべたが、ジェームズに
ブラック家の紋章の封蝋をナイフできれいに剥がしてもらうと早速読み
始めたのだった。ジェームズがレギュラスの手紙を読んでみると、まず
セブルスの容姿を褒めてから、フランスまでの景色や風俗について子
どもにもわかりやすく書かれてある。フランスの領土に入ってからのこと
はフランス語で書かれてあるということはジェームズが読むことを予め
想定しているのだろう。いかにもレギュラスらしい気遣いだ。
ジェームズがフランス語で読んでから英語に訳して読み聞かせると、
セブルスは首を傾げて熱心に聞き入っていた。

「きみもフランス語を習ってみるかい?フランスに遊びに行ってもいい。
カレーは英国領だしね。大きな船に乗っていくんだよ。きみはまだ海を
みたことがなかったね」

 セブルスは行きたいとも行きたくないとも答えなかったが、ジェームズ
は特に気にしなかった。まじめな表情をしている小さな顔にかかった
髪の毛を指でそっと梳いてやってもセブルスは気にも留めない様子で
手紙を読み返し始めた。


 宮廷では輝くような美貌のブラック兄弟が話題になっていた。シリウ
ス一人でも十分に美しいのに兄弟が二人揃っているとなるとその華や
ぎに人々が魅了されるのも無理もないことで、ダンスパーティにテニス
に狩にと宮廷に華を添えるべくしょっちゅう呼ばれて大人気だった。
レギュラスはフランス風の宮廷作法で優雅に貴婦人たちの相手をして
いても、どこか夢見がちな青年の趣があり、それでかえって年長の覚
えが良かった。
 ジェームズとブラック兄弟で廊下を歩いていると、どこからともなく現
れる王妃付きの侍女たちに呼び止められてなかなか進まなかった。

「君たちと一緒にいると、うちの居所までいつまで経ってもたどり着けな
いね」

ジェームズは笑いながらそうからかった。

「レギュラスがいるからもの珍しいんだろう。もうじきフランスに戻ること
になっているが」

と、シリウスが少し淋しそうに答えた。

「でも国王陛下はレギュラスのことをかなりお気に入りのご様子だから、
またすぐに英国に呼び戻されることになるんじゃないかな」

そんなことを言うジェームズにレギュラスは、

「先のことはわかりませんが、しばらくこちらにいると自分はやはり英国
人だと実感しました」

と微笑んだ。

「当然だ」

とシリウスが自分のことのようにきっぱりと断言したので、可笑しくなっ
て三人で笑った。
ポッター家の居室にたどり着くと、ポッター家のお仕着せを身につけた
召使いが恭しく出迎えて重い扉を開けた。
シリウスは、乳母に抱かれたセブルスが出迎えるのではないかと思っ
ていたが、セブルスは新調したガウンを着て、寝椅子に座っていた。
新しい春の色のガウンに、ヘッドドレスにはシリウスが進言したとおり
濃い臙脂のラインが入っている。相変わらず髪は結わずに自然におろ
して肩のあたりでゆるくうねっていた。首にはPのチョーカーと真珠の
ネックレスをつけており、膝では高貴なマルチーズが寛いでいる。足下
のクッションにも後二匹のマルチーズが座っていた。マルチーズたちは
この間は汚れて灰色がかっていたが、綺麗に櫛削られ白く輝いてい
た。シリウスは気に入らないが、セブルスには一種独特の趣があること
は確かだった。

「セブルス、お客様だよ」

とジェームズが話しかけると、セブルスは客人たちの方を見た。レギュ
ラスが進み出て膝を折ると、小さな白い手に口づけて挨拶をした。
セブルスはその黒い瞳でまじまじと美しい若者の挙動を見つめていた。

(2011.10.26)
 

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