鹿と小鳥 第12話

 
 皆で揃って朝の礼拝に出かけて戻ってから、ジェームズはセブルス
と簡単な朝の食事をした。出かけている間に、暖炉と部屋の掃除は
既に済まされている。温めたエールやミルク、焼きたてのパンにチー
ズと果物の質素な食事を食べながら、召使いに今日の予定を確認し
ておく。
午後過ぎにシリウスたちが訪問する事は前もって話してあったが、
迷子になったセブルスを保護してくれたレギュラスも一緒だということ
で、改めて礼を兼ねて丁重に迎えたいと考えていたからだ。
ジェームズがちぎってやったパンを、小さな手で黙々と口に運んで
いるセブルスにも、来客の前に新しいガウンに着替えなければいけ
ないと言ってきかせた。セブルスは言葉を話すようになったとはいえ
単語のみということが多く、しかも着替えるのは面倒らしく不承不承
といった様子で頷いた。細い両眉の真ん中に縦皺を寄せている。
貴婦人らしからぬ表情で矯正すべきだが、セブルスがすると何だか
愛らしく思える。人差し指で皺を撫でてのばしてやると素直に表情を
直した。セブルスは言葉を話すようになってから表情も変化させるよ
うになってきたのだった。セブルスが不愉快な表情をしたのは、この
頃では居室にいる時には、文字の読み方や書き方を教えているの
で来客があるとそれができなくなるからという理由もあった。
 セブルスが迷子になった後、乳母は叱りはしなかったが、部屋で
祈祷する時間が倍になった。自分の子どもを亡くしているので、セブ
ルスに少しでも異変があると恐ろしく悲観的になるのだ。
しかしある時、乳母が祈祷書の頁を繰る前にセブルスが次の言葉を
呟き、祈祷書をすべて暗記していることがわかった。乳母はその信
仰心から喜んだが、ジェームズはセブルスに読み書きを教えてみる
ことにしたのだった。文字の読み方を教えると瞬く間に覚えてしまっ
た。書き方は読むほど簡単にはいかなかったが、それはジェームズ
が華麗な飾り文字をおしえているからということもあり、セブルスは
夢中で練習してこの頃ではなかなか上手く文字を綴れるようになり
つつあった。上等なガウンの袖のレースをインクで汚してしまうと
乳母は嘆いているが、本人は関知せずの様子だしジェームズもあま
り気にしていない。礼拝所に出かける以外は、読む練習と書く練習
に熱中しているので、ポッター家の居所は今までとは違った雰囲
気が生まれていた。ジェームズはセブルスの知性のめざましい発
達を目を見張る思いで見守っていたが、同時に自ら様々な教養を
教える喜びを覚えてもいた。もう少ししたら専門の教師をつけなけれ
ばいけないだろうが、セブルスの教育の手ほどきは自分の手で行
うことにした。ガウンを新調することも相変わらず楽しいが、本人か
らの反応が大きいのでセブルスの教育もジェームズの楽しみにな
っている。

「じゃあ、お昼過ぎには戻るからね。お客様と一緒だから新しいガウ
ンに着替えておくのだよ。今日はリーマスと王子様が二人も来るから、
綺麗にしておかなくてはね」

と笑って言いながら、出かける前にもう一度抱き上げて額に口づけ
て乳母にセブルスを預けた。乳母の腕に抱かれたまま、セブルス
はジェームズを見送った。セブルスは特に見送りの挨拶はしない。
教えていないからだが、じっと見つめてくる黒い瞳はいつも少
し拗ねているようで可愛い。離れがたいのは自分の方だろう。ジェ
ームズは苦笑しながら回廊を歩いていった。

(2011.10.13)
 

 
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