sweet≠bitter 1

 
 製糸工場が閉鎖されてから、住む人間もいなくなった労働者用の住宅
地を、僕は買い物袋を抱えて歩いていた。時間まで止まってしまっている
かのように空気が淀んでいる道をひたすら進んで、突き当たりにある家に
辿り着く。玄関の扉をノックすると、開錠する音とともにゆっくりと扉が開か
れた。遠隔魔法で扉を開けてくれるのはいつものことだ。室内はいつでも
薄暗く、ひんやりとしていて多種類の薬草の匂いが漂っている。この家を
訪ねると必ず学生時代を思い出すのは、魔法薬学教室と同じ匂いがする
事と、家の主が元魔法薬学教授で、僕と同級生だからだろう。僕たちは寮
は違うが11歳の時から顔を知っていて、二人ともいわくつきではあったが
優等生だったので監督生としての付き合いもあった。もうずいぶん昔の話
だ。
 僕はまっすぐにキッチン向かった。キッチンは建物と同様に時代遅れの
設備で古びていたが、小綺麗に整理されていて、最低限の道具は揃えて
ある。僕はまずテーブルの上にスーパーマーケットで買ってきた食料品
を袋から出して並べた。買い忘れたものがないか確認してから、これから
の段取りを頭の中で組み立てて考えてみる。それから、冷蔵庫を開ける
と缶ビールが数本冷やしてあるのが目についた。ピクルスとドレッシング
の瓶を取り出し、野菜を洗ったり、包丁で刻みながら準備をしていると、
この家の主が姿を見せた。以前は全身黒づくめのローブを身に纏い、マ
グルが考える魔法使いを体現していたが、最近ではむしろマグル寄りの
格好をしている事が多い。今日も灰色のシャツに緑のカーディガンを羽織
り、シャツより濃い灰色のスラックスを履いている。本人曰く、マグルと接
触する機会が増えたので面倒を避ける為だということだが、髪と瞳は相
変わらず闇夜のような漆黒で神秘的な雰囲気だ。本人も部屋と同じく
薬草の匂いがする。それは少年の頃から変わっていない。
「やぁ、セブルス。キッチンを使わせてもらっているよ」と作業しながら挨
拶すると、セブルスは尖った顎を軽く引いて頷いた。切れ長な黒い眸は
興味深げに食材を見ている。
「今日はパスタにしようと思ってるんだけどいいかな」と僕が話しかけると、
「それでいい」という返事だった。洗って適当にちぎってドレッシングであ
えたレタスの上に薄くスライスした玉葱とスモークサーモンを散らして簡
単なサラダを作った。パスタが茹であがるまでに、隣のフライパンでオイ
ルに潰したニンニクを入れて香りを移してから、斜め切りにしたソーセー
ジを炒めておいたところに、パスタを茹でる鍋でついでにブロッコリーも
茹でて湯を切ってフライパンに入れ、塩と胡椒を振って仕上げた。セブル
スは胡椒を利かせた味が好きなので強めに振っておく。トマトスープは缶
詰を温めて、味を少しつけ直して刻んだパセリを飾っただけだが何とか
献立の格好はついた。
「飲み物どうする?ビール冷やしてあったの出そうか」と背後で見物して
いるセブルスに声をかけた。
「あれはポッターがこの間持ってきたのだ」
「ハリーが?」と僕が聞き返すとセブルスは頷き、
「あいつは恋人に振られるとここに愚痴を言いにくる。持ってきたビールを
自分で飲みながら散々愚痴を言って帰っていった。わりと美味しかった
から、お前も飲んで見ろ」と言うので冷蔵庫から缶ビールを取ってきてテ
ーブルに並べた。それから、セブルスと向かい合って座り、僕が作った簡
単な昼食を食べた。こういう風に時々、僕が料理を作ってセブルスと二人
で食べるようになってずいぶん経つ。あの大戦の後、暫くした頃にセブル
スから連絡があった。脱狼薬が必要ならば煎じると申し出てくれたのだ。
僕がホグワーツで教師をしていた一年間、セブルスが完璧に煎じてくれた
脱狼薬のおかげで満月期にも狼化せずに過ごすことができた。といっ
ても、セブルスは僕のことを非常に警戒していた。僕が人狼であるという
ことと、シリウス・ブラックの親友だったからだ。あの時、シリウスはアズ
カバンを脱獄してハリー・ポッターの命を狙っていると噂されていた。
セブルスは僕が手引きしてシリウスをホグワーツに侵入させるに違い
ないと疑っていた。無理もない話だ。かつての僕の親友たちは、セブルス
の天敵だった。
 ダンブルドアがセブルスに脱狼薬を作ることを依頼したのは、高度な
技術を要する薬だということもあるが、セブルスに僕の狼化を管理させ
ることで、セブルスの緊張を緩めようという配慮があったような気がする。
セブルスは自分の能力を信じているので、その管理下に僕を置けば
安心できるだろうとダンブルドアは考えたのだ。しかし、もう半分の疑惑
は晴らしようがなく、セブルスは僕を厳しく監視し続けていた。それでも、
セブルスが脱狼薬に細工などしなかったことに僕は今でも深く感謝して
いる。
「このパスタは胡椒が利いていてなかなか旨い」とセブルスが器用な手
つきでフォークを操りながら感想を述べたので、
「ほんと?それはよかった。ハリーのビールも美味しいね。あの子が成
人してアルコールで失恋の自棄酒をあおってるなんて感慨深いな。
ちょっと前までバタービールを喜んで飲んでたのにね」
 まったくだという風にセブルスは肩を竦めた。本当にセブルスはハリー
のことを長い間真剣に見守り続けてきた。大戦の後で全てが明らかに
なった時、ハリーがセブルスにそれまでの誤解を謝罪し、感謝の言葉を
伝えるとセブルスは素っ気なく当然の事をしたまでだと答えたらしい。
学生時代、あれほど反抗していたのにおかしなものだが、今のハリーは
セブルスを慕っていてここにも出入りしている。おそらくセブルスの真の
誠実な人柄を知ったからだろう。僕も結局セブルスの親切な申し出に甘
えて、脱狼薬を作ってもらうことになった。論文にデータを使うので報酬
はいらないと言われたが、材料費だけは受け取ってもらうことにした。僕
が食材を持参して料理するのもせめてもの礼のつもりで始めたことだ。
セブルスから食事は外食か空腹のままでいるかで料理はしないと聞かさ
れて驚いたということもある。
 最初にこの家で料理しようと食材を持参して、セブルスにキッチンに
案内してもらった時のことだ。キッチンはほぼ物置と化しており、食器棚
には料理の本ならいざしらず、薬草学の専門書がぎっしり詰まっていた。
セブルスに聞いてみると、水道とガスと電気は通っていた。両親が生
きていた頃のままになっているそうだ。料金の支払いはどうしているの
か気になったが聞きそびれてしまった。
ガスコンロの上に使い古された薬缶がのっていて、キッチンの台の上
にティーカップと紅茶の缶が置いてあったのでセブルスは自分でお茶く
らいは淹れるらしいとわかった。キッチンに備え付けのオーブンはとうの
昔に故障していてそこにも何故か本が詰まっていた。僕は棚を念入りに
調べて、かつてここを使っていたセブルスの母親が使っていたと思われ
る台所道具を発掘してから料理に取りかかった。じゃが芋の皮を剥いて
サイコロに切り、人参も少し小さめに切って水を張った鍋に入れコンロの
火をつけて放っておく。次に食パンを袋から取り出し、ハムとチーズを間
に挟んだものを2セット作った。重い鉄のフライパンを火にかけ、フライ
パンが熱せられたところにさっきのチーズとハムを挟んだ食パンを置き、
時々上から手で押さえつけながら両面をきつね色になるまで焼いた。
ナイフでパンを対角線で切り三角形にして断面が見えるように皿に盛り
つける。皿は本の下敷きになっていたものを二枚見つけて洗っておい
たのだ。咄嗟の思いつきで作ってみたがなかなかうまくできたと思いな
がら、じゃが芋と人参の茹で具合を確かめて湯を捨てた。まだ熱いとこ
ろに瓶のドレッシングを振り入れてからマヨネーズで和える。鍋の中で
ポテトサラダを完成させるなんてまっとうな主婦なら卒倒するかもしれ
ないが、物事は臨機応変に対処するのが肝心だ。この家にはボウル
などどこにもなかったし、すぐ食べるのだから冷やす必要もない。
ハムとチーズのホットサンドにポテトサラダ、レタスとトマトと缶詰のアス
パラガスを添えると皿は一杯になった。それと熱い紅茶の簡単なメニュー
だったが、セブルスは「上手いものだな。驚いた」と言って全部食べて
くれた。ホットサンドが焼きあがったあたりで、僕を案内してから一旦キッ
チンから出て行ったセブルスが戻ってきて僕が料理する様子を見ている
のに気づいていた。セブルス特有の薬草の匂いが背後からしていたから
だ。邪魔をしないようにという配慮なのかずっと黙って見ていたが、かなり
熱心に見つめられていたような気がする。
「いつも、こんな風に料理しているのか」とセブルスが訊いてきたので、
「必要に迫られて自分が食べる分を自分で作ってきただけだよ。外食
する余裕なんてなかったからね」
それは事実だった。人狼の身分では定職に就けなかったので、暮らしに
余裕があったことはなかったのだ。
「生活を疎かにしないって、生き抜いていくためには大事なことなんだ」
 セブルスは少し驚いたような表情で僕の言葉を聞いていたが、「なるほ
ど」と短く答えた。
それから、食べ終わった食器を片づけかけていたら、セブルスが自分が
やると言いだした。独特の数種類の薬草とが交じった匂いがして、すぐ
傍にセブルスが立っていると気付いた時には口づけてしまっていたのだ。
セブルス一瞬驚いた表情になったが、すぐに応えてくれた。それからは
夢中だった。お互いに欲望を感じているのがわかっていたので、手近な
居間の古びたソファで睦み合った。居間といってもそこはセブルスの書
斎を兼ねていて壁は本棚に囲まれていて、埃くさかった。僕の膝に跨り
細い腰を揺らすセブルスは尋常ではなく艶めかしかった。興奮すると
セブルスの薬草の匂いに蜂蜜のような甘い匂いが加わることに僕は
気づいた。セブルスの動きに合わせて小さな尻の狭間に咥え込んだ
僕の陽根が見え隠れする。下から突き上げると堪えきれないという表
情で喘いだ。僕が上半身を起こして、セブルスの腰を浮かせてから、
しっかりと抱きしめ、ぐっと力を込めて降ろすと無防備に思い切り奥
まで楔で貫かれたセブルスは悲鳴のような嬌声を上げて果て、僕の
腹に白濁を飛び散らせた。同時に僕もセブルスの中に射精した。僕の
膝に乗ったまま放心しているセブルスの顔に舌を這わせて舐めている
とくすぐったいと文句をいわれたが、唇を舐めるとセブルスも舌を出
したので、舌を絡ませあって口づけ合った。薬草と甘い蜜の匂いと
僕の汗の匂いが溶け合った空気に噎せながら、夢中でセブルスを
貪った。それが始まりだったが、終わりではないことだけはわかって
いた。

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