Night→Morning 3

 朝、目が覚めると隣で熟睡しているセブルスを残し、私は音をたてない
ように気をつけて服を着ると寝室を出た。カーテンを開けると、眩しい太陽
の光が部屋に差し込んでくる。朝の光の中の古びた狭い部屋は昨日と何
ひとつ変わったところはなかった。それなのに明るく輝いて見える。
私は単純な自分の感覚に苦笑し、それから神に感謝してから朝食を作り
始めた。まずパンプディングを焼く準備をする。昔私の母親が作ってくれ
たものはマーマレードとバニラエッセンスの甘く優しい味だったが、セブル
スはそこにブランデーかラムの香りを効かせたものが好みだ。セブルスは
甘いものがたいして好きではないが、パンでフレンチトーストやプディング
を作って出すといつも珍しそうに喜んで食べるのだ。三角に切ったパンを
卵と牛乳にラム酒を入れた液に浸しておく。それからサラダを作って、薬
缶で湯を沸かし、ベーコンとトマトを焼いているところに寝室からセブルス
がのっそりと現れた。私のシャツに、下は自分のズボンをはいている。
下着をつけているのかは知らない。
「久しぶりによく眠れた」
セブルスは欠伸をしながらそんなことを言ったが、確かにすっきりした表情
だ。いつものようにキッチンの様子を観察し、鼻をひくひくさせて、朝食のメ
ニューを予想しているようだ。パンプディングにバターをのせてオーブンに
入れ、テーブルに紅茶の用意をして出すと、心得たセブルスが二つのティ
ーカップに真剣な表情で慎重にミルクを目で量って入れてからティーポット
の熱い紅茶を注いだ。
「砂糖は何杯だ?」
「三杯」
セブルスは入れすぎだとぶつぶつ言いながらも三杯砂糖を入れてくれた。
私は山盛りだが、セブルスは擦り切りという違いがあることはあえて黙っ
ておく。セブルスは砂糖なしだ。サラダと焼いたベーコンとトマトを皿にも
って出し、私もセブルスの向かいに座った。まずセブルスの淹れてくれた
ミルクティーを飲むと胃が暖まるのがわかり、食欲が出てくる。焼きあがっ
たパンプディングをオーブンから取り出してテーブルに置くと、セブルスは
おっという顔になった。「漂ってくる匂いからしてパンプディングだと思って
いた」と言いながらもどことなく嬉しそうだ。
「レーズンとかスライスアーモンドを散らしてみてもいいよね。煮たりんご
とかもいいかも」私が何となくそんな事を言ってみたら即座に想像してみ
たらしく、
「レーズンとスライスアーモンドは合うだろう。りんごもよいとは思うが、マ
ーマレード味が私はいい」と真剣な表情で答えがあった。
「じゃ、今度はレーズンとスライスアーモンド入りを作ってみるよ」と言うと
セブルスは軽くふんふん肯いていたが、目で早く取り分けろと促してきた
のでセブルスの皿にプディングを盛るとセブルスはナイフとフォークを優雅
に使い、ふんわりと甘いパンプディングを口に運んだ。スリザリンらしい上
品な作法だ。私も食べてみたら我ながらなかなか美味かった。上からメイ
プルシロップをプラスしてかけたらもっと美味しくなると思うが、セブルスに
は甘すぎるだろうなと思う。そんな事をぼんやり考えていたら、コツコツと
窓を突く音がした。見てみると梟が早く開けろとばかりに嘴で窓ガラスを
突っついていた。立て付けの悪い窓を耳障りな音をたてて開けると、梟と
朝の冷たい空気が勢いよく部屋に入ってきた。
梟はテーブルまで飛んでいき、セブルスの前に日刊予言者新聞をぽとりと
落とした。セブルスがズボンのポケットから5クヌートを取り出して梟に与え
ると、梟はさっさと部屋から飛び去った。セブルスはすぐに新聞を広げて読
み始めたが、「馬鹿め」と小さな声で罵ったり、ふんと鼻を鳴らしたりし始め
たので一体何事かと思えば、昨日の魔法薬学学会の記事が早速載って
いてセブルスのことが書かれていたらしい。セブルスは苛々と眉間に深い
縦皺を刻んで怒った。
「私のことを傲慢で魔法薬学への貢献が足りないとは笑止千万だ。私に作
り方の指導しろというのならそれ相応の能力がある者でなければ話になら
ん。馬鹿の相手はホグワーツで一生分したのでもう懲り懲りなのだ。おい、朝からチョコレートを食べるのはよせ!」
「美味しいよ」私は毎朝チョコレートを食べるのが日課なのだ。大抵はミル
クティーかカフェオレとチョコレートで済ませている。料理は好きだが一人
暮らしで朝から凝ったものを作ったりはしない。
「お前は砂糖依存症の気があるな。脱狼薬の副作用より糖尿病の方が心
配だ。少しは気をつけて控えろ」
セブルスは私を叱りつけ、自分も食事を再開した。そして、ハーマイオニー
が脱狼薬のことで何か言ってきたら一応自分へ知らせるようにと言うので、私はわかったと答えたが内心可笑しくて仕方なかった。セブルスほど
真面目で心ある魔法薬学者はいないと思う。
 食後はセブルスもキッチンの片付けを手伝ってくれた。
「たまにはこちらで脱狼薬を煎じてもいいかもしれないな」
コンロをいじって火力を調節して見ながらセブルスはそんなことを言い出し
た。まさかうちのコンロで脱狼薬を煎じるつもりなのだろうか。
「君が家を空けると訪ねて来た人が困るんじゃない?」
「留守なら帰るだろう」セブルスは淡々とした口調で答えた。
「それに客なぞ、お前の他はルシウスとポッターくらいのものだ」
その二人が問題だと私は思ったがもちろん口には出さなかった。
 セブルスは着た時のコートを着て右手でトランクを持ち、左手に私が作っ
た料理を入れた紙袋を抱えて玄関の扉の前に立った。セブルスに家に戻
ってから食べたいとサンドイッチを頼まれたので急いで作ったのだ。ハムと
チーズのサンドイッチの他についでにミートソースのラザニアと野菜がたっ
ぷり入ったミネストローネも追加して作って渡すと、セブルスは目を瞠って
私を見た。私の料理を見てセブルスはよくこんな表情で私を見る。驚いて
いるような、感心しているような表情。まるで子どもみたいな素直な表情
で私はとても好きなのだが、本人に伝えたことはない。やめてしまったら
残念だからだ。
「お前今度は調理関係に就職したらどうだ。じゅうぶんやっていけるぞ」
そんな事を言い出したセブルスに、いや、無理じゃないかなと私が笑うと、
「まぁ、焦ることはないが」と真面目な表情で言ってきた。私が元気でねと
頬に口づけると顔をずらして唇を合わせてくれる。しばらく唇を吸いあって
から、まだ名残惜しい私を残してセブルスはあっけなく去っていった。部屋
の時計の針が進む音が普段より大きく聞こえる。私は急いで扉を開けて、
「ミネストローネとラザニアは温めて食べるんだよ!」
と声をかけると、ちょうど廊下からセブルスの姿が消えるところで黒髪が靡
き、コートが翻る姿が一瞬見えた。私の声はセブルスには聞こえなかった
に違いない。扉を閉め、自分の部屋を見回す。考えてみれば部屋の中か
ら姿眩ましすればよかったのに。セブルスは礼儀を重んじる性格なので、
玄関の扉から入ったら、また扉から出るべきだと考えたのだろう
か。部屋にはセブルスの匂いがまだ残っていた。昨日の料理の匂いや、
朝食や、元からの古びた部屋の匂いもする。私は人狼だから嗅覚が敏感
だ。昔からそうだったし、これからも変わらないだろう。私は部屋を掃除し、
溜まっていた洗濯をした。今度は私がセブルスに会いに行く番だ。また新
しい料理を披露してセブルスを驚かせようと思う。

(2012.2.13)
inserted by FC2 system