Love Sick 後編

 いつものように大広間で夕食を摂っていた時の事だった。

「あら、ハリー・ポッターの姿を久しぶりに見ましたよ。やっと風邪が良く
なったのですね。それにしてもあの子の体力では闇払いは過酷すぎる
のではないかしら。そう思いませんか?、セブルス」

そう独り言を呟いていたマグゴナガルにいきなり問いかけられた。闇払い
がポッターの適職かという疑問はあるが(仮にもエリートに属するのだ)、
マクゴナガルの魂胆はわかっている。ポッターをホグワーツの教師にし
て手元に置いておきたいのだ。新生魔法省の広告塔にされるのではない
かという危惧と、これからも目の届くところでずっと見守っていたいとい
う老婆心(と言うと激怒されるが)からだ。大体風邪ではなく性的に興奮
して鼻血その他の体液を失ったことによる貧血で寝込んでいたに過ぎ
ないのだから、マクゴナガルの心配は杞憂に過ぎないことを私は知って
いるのだ。何故ならポッターが寝込んだのは私のちょっとした悪戯が原
因だったからだ。

「魔法省が採用通知を送ってきたのなら大丈夫なのではないですか。
もちろんポッターのひどい成績ならば留年させることに異議はありま
せんが」

マクゴナガルは話しかける相手を間違えたという表情を浮かべた。亡き
ダンブルドアもマグゴナガルもグリフィンドール出身者はポッターを甘や
かしすぎる。グリフィンドールのテーブルに視線を送ると、ポッターは病
み上がりと思えない普段と変わりない様子で食事をしていた。久しぶりに
英雄に会えた興奮で下級生たちがそわそわしていて獅子というより子犬
の集団だ。いついかなる場合でも礼儀正しい我がスリザリンのテーブル
とは大違いだ。
遠目でも若き英雄殿の双眸はまるで二つのエメラルドのように輝いて
目を引く。そのグリーンの輝きが私を見たのがわかった。少しの間、お互
いの姿を見つめ合った後、私は視線を外して席を立った。
 大広間から自分の部屋へ続く地下への階段を一歩ずつ降りていくご
とに本来の自分に居場所に戻っていくのだという感覚にいつも囚われる。
地下室はハウスエルフたちが再び訪れるようになり何不自由ないように
整えておいてくれているので快適そのものだ。あの暖かい部屋で、自分
の好みに紅茶を淹れて書物をゆっくりと読み耽る。私は多くを望む人間
ではない。その一時が教師になって二十年近く経って、いや幼少時から
考えても初めて手にした至福の時間だ。そのように取り計らったのは実
はポッターなのだが、私はその事実を忘れることにしている。
規則正しい私の足音とは違う、慌しい足音が背後から聞こえてきた。
咄嗟に杖を構える間もなく黒い影が私を追い越してから止まった。

「先生!」

廊下と階段を駆けてきたのか呼吸を少し乱したハリー・ポッターが私を
振り返って立っている。薄暗い階段でもポッターの瞳はまるで猫の瞳
のように輝いていた。

「何の用だ、ポッター」

つとめて冷静な声を出した。

「僕、先生に聞きたいことがあるんです」

ポッターはこの間の経緯からして動揺するだろうと思ったのに落ち着い
た声で応じた。

「それならば、次の授業の時にしろ」

そう言い捨てようとした私の手をぎゅっと掴むとポッターは残り少ない階
段を降りて私の部屋に侵入して扉を閉めた。手を振りほどいた私が教師
に対する無礼を咎めて退室を命じようとしたところに、

「先生、この間のことですが」

とポッターが私の瞳をじっと見つめながら話を切りだした。開心術もこれ
くらい気合いをいれて臨めばたやすく修得できただろうと思うような真剣
な目つきだった。しかし、残念ながら私は優れた閉心術士だ。このくらい
の視線は痛くも痒くもない。

「いつのことだ」

わざと質問を仕返してポッターの意気を挫いてやろうとしたのだが、

「先週のバレンタインデーのことです」

と正確な答えが返ってきた。

「それで何か?」

「ここで先生が話されたことです」

「何のことだ」

ポッターは怒りだすか恥ずかしがるかするだろうと思ってとりあえずしら
ばっくれてみた。しかし、ポッターはじっと私の顔から目を離さず、私は
童貞を揶揄った自分の愚かさを実感した。何かしらんが視線が重い。

「僕、先生に触れてもいいんですか?」

そんな直球すぎる質問をされても、あの時はその場のノリで揶揄ってみ
ただけで今更許可するのも妙ではないか。しかし、別に減るものではな
いしと童貞を甘く見ていた自分にも問題があったのかもしれない。

「おまえの勝手にしろ。何なら今からやるか?」

別にもうどうにでもなれと思った事もあるが、ポッターも一度経験して
みれば頭の悪い夢から醒めるかもしれないのでとりあえずそう提案し
てみた。現実は何でもそんなによいものではないのだ。

「先生は、子どもです!」

急にポッターが大きな声を出した。私は童貞に子ども呼ばわりされて
心底驚いた。自慢ではないが、私の皮膚には加齢性のシミがあるぞ。
ポッターががばっと覆い被さるように強い力で抱きしめてきた。

「僕は先生のことが好きなんです」

それは何度も聞かされているが、到底信じられる話ではない。ポッターの
青臭い感情など二十年以上前に過ぎた季節の出来事にすぎない。

「僕、勝手にしますから」

そう私の耳元に囁くと、抱きしめる腕の力を緩めて頬に口づけた。そして
そのまま部屋を出ていった。やれやれと私は腕をぶんぶん振ってから、
習慣になっている紅茶を淹れる準備をした。何故か頬が熱いが、きっと
ハウスエルフがストーブの温度を上げすぎているせいだ。

(2012.2.23)

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