鹿と小鳥 第44話

 夜が更けて、シリウスが客用寝室に戻るとリーマスは荷物の整理を
しているところだった。
「何だ、もう帰るつもりなのか」無意識に不満が声に出た。
「やぁ、やっと戻ってきたね。湯冷ましでも飲むかい」とリーマスは気
にした様子もなく微笑いかけたが、シリウスは手で制すると自分で
水差しの水をゴブレットに注いだ。
「毎日楽しいからつい長居をしてしまったよ。医者の癖に寝込んでしま
ったし、ずいぶん遊んでしまった」シャツを畳んで鞄にしまいながら、
リーマスはシリウスに話しかけた。
「それだったら、俺も帰る。宮廷も再開されたらしいし、冬の行事は
面白いからな。今年はジェームズもセブルスを参加させるだろう。
去年は部屋に引籠もっていたが、宮廷行事に慣れていった方がい
い」
「あの子も舞踏会に出るの?きっとジェームズが喜んで衣装を誂え
るだろうね」
リーマスは昼間ジェームズとレギュラスが熱心にセブルスの衣装に
ついて話し合っていたことを思い出しながら相槌を打った。
「早急に舞踏教師をつけないと。男がリードするとはいえ、自分で踊
れなければ話にならない。足を踏まれる側からすれば切実な問題
だ」
真剣な表情でシリウスがそんなことを言うので、リーマスは可笑しく
なった。シリウスも酒気を帯びて上気している頬を緩めた。シリウス
は、リーマスが屋敷付近の患者たちを放っておいて、自分と一緒に
宮廷にきてくれたらいいと思ったが、リーマスが承知してくれないと
わかっていた。

「それじゃ、セブルスの母親は亡くなっているとして、父親は生きて
いるのか」
 シリウスが寝台の中でリーマスの髪や肩を撫でながら尋ねると、
「おそらく。訊かなかったけれど」と返事があった。昼間、セブルスの
口から初めて身の上の断片があかされたのだ。リーマスの話をシリ
ウスは驚きながらも黙って聞いていたが、
「探さない方がいいだろうな。ジェームズがセブルスを庇護している
のだし、出てきたらかえって面倒な事になる。どうろくでなしに決ま
っているだろうし」と言い捨てた。リーマスも同じ意見ではあったが、
セブルスがこれから肉親と一生会うこともなく生きていくことになる
と思うと、やはり複雑な思いになる。
「思い悩むことはない。知らない方がいいんだ。下手にわかったら
始末するのが手間だ」
リーマスは無造作にそう言い放つシリウスの冷淡さに驚いた。シリ
ウスはセブルスに対して冷たいのではない。むしろセブルスの将来
を優先しての言葉だということはわかっている。シリウスはセブル
スの肉親がセブルスの邪魔になると言っているのだ。
「セブルスは、ジェームズの遠縁で通すか、何ならうちの養女に
なればいい。あの子の将来を考えたら、それがいいと思う。もちろ
んジェームズの考えることだが」
リーマスは大貴族の者らしいシリウスの尊大な物言いに、複雑
な思いはあったが頷いた。
「そういえば、今日、一緒に酒を飲んだ厩番の母親はエリザベス
の乳母だったらしい。ずいぶん懐かしそうに昔の話を聞かせてく
れたよ」
 いきなり話題がかわったのでリーマスが目を瞠ると、シリウスは
少し眠たそうに欠伸をした。
「あの子が生きてたら、どんな家に嫁いでいたんだろうな」
リーマスの肩を抱き寄せながら、シリウスはそんなことを言った。
「ポッター家は野心的だから君と結婚していたかもしれないよ。
ブラック侯爵家の嫡男だもの」
「やめてくれ。母親はよりによってセブルスとの縁組みを企んでい
たし、どうして俺の相手はいつも子どもなんだよ」
シリウスがむくれたので、リーマスはくすりと笑った。シリウスと自
分が風邪をひかないように布団と毛布を引き上げてから目を閉じる
と、隣から安らかな寝息が聞こえてきた。 

(2013.12.31)

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