惑溺

 螺旋階段を降りきってようやく辿り着いた地下室のさらに奥の扉を控
えめに叩く瞬間、いつでも祈るような気持ちになる。扉が閉ざされたま
まならば一体自分はどうするのだろう。強引に押し入るか、諦めるのか。
いつか彼は自分を拒絶するだろう。しかしそれが今夜ではない事を祈る。
軋んだ音を立てて扉は開かれた。するりと滑り込むと扉はがたりと音を
立てて閉ざされた。頭から被っていた透明マントを脱ぐと、彼が片眉を
つり上げて僕を見つめたが非難の言葉はなかった。ふと透明マントを
被りなおして彼を抱きしめた。

「こうしてると誰にも見えないよ」

囁くと彼が声を出さずに笑う気配がした。

「ここには誰もいない」

再び透明マントを外すと、長い髪を振って彼が息を吐き出した。子ども
じみた振る舞いに呆れたのだろうか。いつものように口づけを交わす。
それが二人で過ごす時間の始まりの合図だ。薄い彼の身体を寝台に
横たえ、衣服を脱がせてゆく。白く滑らかで染みひとつない肌に唇を
這わせ吸い上げては愛撫の痕を散らすと束の間の満足感を覚える。
自分が帰った後で彼は情事の痕跡を消してしまう。いつか指を噛んで
少し深めの傷を付けたことがあったが、次に会った時には消えていた。
自分以外に彼と関係している人間を牽制する思いがなかったとはいえ
ないが、それよりも彼に覚えていて欲しかった。離れている間も少しで
も自分のことを考えて欲しい。そのために傷つけた。しかし跡形もなく
消されていたので、やはり自分との関係は気の迷いにすぎないのだろ
う。もしくは自分以外の相手を優先している。或いは両方。
赤く色づいている胸の突起を口に含んで吸うと堪えきれないように声が
あがった。

「あっ、あぁ、あ…」

呼吸が乱れて官能が理性より優勢になってきたのを察して、下を脱がせ
た。既に彼自身が反応している。細い指が僕を掴もうとして宙を泳いだ。

「は、はやく…」

僕の服を脱がそうとしていた。痩せた手にそっと口づけてから手早く服を
脱いで彼に覆い被さった。肌が触れ合うだけで熱くなる。指を唾液で濡
らしてから彼の蕾を解していく。襞の数を数えるように撫でると両足が焦
れたように開いていく。中心に指を埋めると、あぁっと声があがったが息
を吐いて力を入れないように我慢している様子が愛しくてゆっくりと優し
く指を出し入れしてやわらかく解していく。時々指を曲げると、細い腰が
揺れる。最も感じる箇所を指が掠めると物足りないように溜息が漏れた。

「先生、先に達く?」

と訊ねると首を横に振って、待ちきれないように僕自身に触れてきた。
彼を感じさせることで自分自身も昂っていたので、指を抜いて代わりに
蕾に宛がった。ずぶりと埋めると苦しげに息をする彼が落ち着くまで待
った。少しずつ動かす腰の両脇にほっそりとした足が添えられる。
彼に負担をかける体位だが、お互いの様子がよくわかるのでそのまま
行為を続けることにした。慎重に腰を動かし彼が感じるところを自身で
擦りあげる。

「あぁっ、やぁ、あっ、あ!」

彼が一際高い声を上げて果てた。抑制の利かない彼の中が収縮する
締め付けに導かれて僕も射精した。名残惜しい熱い粘膜から自身を
抜くと涙で潤んでいる眸や顔、首筋に口づけを降らせた。彼から求め
られて唇を吸い合った。少し落ち着くと今度は彼が身体を捩ってうつ
伏せた。繋がりが解けて間もない濡れて緩んでいる蕾に再び性器を
押しいれていく。お互いにとって楽な体勢で再び粘膜を擦れ合わせる
快楽に没頭する。彼の悦び喘ぐ声が僕をいっそう興奮させる。黒髪を
掻き分け項に口づけを落とすと滑らかな白い背中が震えた。細く括れ
た腰から続く薄い双丘に自身を強弱をつけながら音を立てて打ちつけ
る。彼はひたすら官能に従順な獣になり果てている。そういう僕も快楽
を求める獣にすぎない。魔法界の救世主になる運命などこの部屋の前
に置いてきた。帰る時には持って帰らないといけないだろうが、今は
知らない。

(2012.1.17)
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