夢の続き

 ホグワーツは僕にとって我が家同然の場所だ。あの決戦の後、
破壊され尽くした城の様子に胸が潰れるような思いに囚われた
ものだ。しかし、教授陣と魔法省から派遣されてきた復旧チーム
が元通りに再建し、学校は再開された。僕も放浪していた最終
学年を履修するためにホグワーツに戻った。一見、以前と同じ
生活を送っているが、同級生たちの大半は卒業してしまってい
るし、ふとした時にやはり昔と違うところを感じて一抹の寂しさを
感じてしまう。僕はここを出て新しい人生を始めるべきだったの
だろうか。それとも何処かで今までの疲れがとれるまで隠れて
暮らしてみるのもいいかもしれなかた。実際、どちらも僕に勧め
てくれた人はいた。自分が魔法使いで、かつ闇の帝王と対決
する運命にあると知ってこの方僕の人生は波瀾万丈だったの
で、そうする権利はあるように思う。ちなみにそれ以前の僕の
人生は悲惨だった。二度と戻りたくない境遇だ。
 結局、僕はホグワーツに留まることにした。ここである人を
待つことにしたのだ。ある人、といってもよく知っている人だ。
僕の父の宿敵で、僕のことを憎悪し、対立し、それから僕の
ことをずっと守ってくれていた人だ。そのことに気づき始めて
から、僕のひたすらに憎む気持ちが変化した。僕を守ってくれ
ている相手が自らの保身を一切顧慮していないこともわかっ
てきた。自分を守ってくれている相手の安全を思うのは当然
のことだ。何しろ僕は人々を救うために生かされてきたのだ
から。計画した偉大な魔法使いとその腹心は、腹心の命を
蔑ろにしていたが、僕がその命を除外して世界の平和を望め
るわけがない。僕は直接本人に説明を求めた。否、説得しよ
うとした。偉大な魔法使いの腹心、名前を隠す必要はないの
で明らかにすると、スネイプ教授は最初のうちは僕のことを鼻
であしらって相手にしない振りをしていた。スネイプ教授はどう
して自分がそんなくだらないことをするものかと嘲笑した。
自惚れるな、英雄殿、と。
 しかし、僕が諦めずに執拗に追求を続けると、誤魔化すの
が段々面倒になったらしい。方針を百八十度転換させて、
僕と親密になった。有り体に言えば、僕たちは性的な関係を
持った。教授が僕に初めて触れた時の、冷たい指の感触を
今もよく覚えている。愛し合い方をさりげなく誘導して教えて
くれたので、僕はすぐに快楽に溺れて、夢中になってしまっ
た。まったく愚かなことだ。自分と教授を二人と括って考え
て恋に溺れていた。片手間に僕の相手をしながらも、教授は
本来の任務を一瞬たりとも忘れたことはなかったというのに。
 そのことを思い知ったのは、自らの流した血の海に倒れ伏し
た教授を発見した時だった。最初、死体だと思った。しかし、
苦しげな息の下から血塗れの手を僕に伸ばし、手振りで記憶
を持っていくように指示した。そして、僕が記憶を瓶に詰めたの
を見届けると同時に意識不明に陥った。あの後、自分があれ
ほど冷静に対処できたのか今でもよくわからない。僕のクリ
ーチャーを呼んで聖マンゴに教授を運んで、すぐに治療をさ
せること、ナギニというヴォルデモートの毒蛇に咬まれたアー
サー・ウィーズリーを治療した癒者がいること、教授が死ん
でも蘇生させるように伝えろと命じた。老練なハウスエルフは
緊急事態にも動じることなく、血塗れの教授を抱えて姿眩ま
した。独特なくぐもった声でご武運をお祈りいたしますと告げ
て、その場から消えたのだった。
 その後、教授の記憶を見た時、やはり僕のことを誰よりも
守ってくれていたことを知ると同時に、それだけしかなかった
ことを思い知らされた。教授にとって僕は庇護者にすぎなか
った。それは悔しくもあったが、嬉しいことでもあった。僕の
中の孤独な小さな子どもがひどく喜んでいるのがわかった。
 そして、あっけないほど簡単に闇の帝王が滅び、僕は役目
を終えた。クリーチャーからの報告で、教授は一時は危篤状
態だったらしいが、一命を取り留め、徐々に回復していると聞
いてやっと心から安堵したものだ。魔法省とマクゴガナルに
は僕から教授の真の姿を伝えたし、偉大な魔法使いである
亡きダンブルドアの肖像、及び歴代の校長の証言もあり、
教授の名誉は直ちに回復された。ダンブルドアはマクゴナガ
ルにこっぴどく怒られたらしいが、仕方ない話だ。マクゴナガ
ルは教授が全快したら、ホグワーツに復帰してもらうと言い、
その事に何の疑問も持っていない様子だった。ホグワーツの、
しかも魔法薬学となると人材不足ということもあったらしい。
スラグホーン教授は安楽な隠居生活に戻りたがっていて、
しきりに体調不良を訴え、待遇の改善を求めていたので、
マクゴナガルはセブルスがそんな不平不満を言ったのを聞
いたことがなかったとぶつぶつ文句を言っていた。確かに教授
は皮肉屋だが、自分の待遇について不満を言う人ではなく、
研究室こそ薬品や書物で溢れていたが、自室は質素で学生寮
の部屋とほとんど変わらなかった。
 マクゴナガルの要請を教授が受けたと聞いてから、僕はずっと
待ち続けていた。既に教授の任務は終わっているので、僕は
ただの生徒の一人にすぎない。僕は教授の見舞いには行かな
かった。正確には行けなかった。魔法省から自粛を求められて
いたこともあったが、本当は怖かったのだ。教授が変わってし
まっていないか、僕に会ってくれるのかどうかもわからなかった
からだ。僕はただ待ち続けるしかなかった。
 ホグワーツに教授が復帰し、かつてと同じ黒装束で現れた時、
少し離れた所で出迎えた僕は目が離せなくなった。もともと痩
せていたが、さらに華奢になり、顔色も相変わらず青白かった
が、黒い眸は鋭く、姿勢正しく毅然としている。確かにスネイプ
教授だった。教授の黒い眸が、遠くから見つめている僕の姿を
認めたのがわかった。僕の膝は滑稽に震えていた。
 その夜、歩く足が震えていたが、先生の部屋を訪ねた。言い
訳を幾つも用意していたというのに、扉を開けてくれた教授
に眠れなくてなどといってしまった。保健室に行けと言われる
かと思ったのに、教授は僕を部屋に入れてくれた。僕はまだ
保護してもらっているのだろうか。その夜は一緒に眠った。
時々、身体が触れ合うのを感じて夢の中で嬉しくなった。
教授は確かに生きているのだ。それから、毎晩のように地下
室に降りて行ってしまうようになった。教授はいつでも黙って
部屋に入れてくれる。暗闇の中で目を閉じて、教授に密着
する。息を潜めて、ゆっくりと指先や手のひらを這わせていく。
ほのかな温もりに、僕はとても安心する。生きていてよかっ
たと思う。
 昼間も教授の姿を見かけると、近寄って声をかけて少しだ
け話をする。明るい日差しの下では、僕はただの生徒にすぎ
ない。教授はいつも落ち着いた態度で、当たり障りのない
言葉を二、三交わして別れる。その後は夜が来るのが待ち
遠しくて仕方なくなる。
 いつものようにこっそりと教授に触れているときだった。不意
に教授に手を取られた。起こしてしまい、僕の手を不快に思わ
れてしまったのだろうか。教授は無言で掴んだ僕の手を自ら
の股に押しあてた。昂りかけているのがわかる。少し力をこめ
てまさぐると、教授は小さく溜息をつき、身体の力を抜いたよう
だった。僕は暫く昂りを擦って育ててから内股をパジャマの上
から撫ぜるように擦りあげた。華奢な身体がもっと強い刺激
を欲しがっているのを察して、下を脱がせて唇を使って愛撫
を続けた。窪んでいる薄い腹の臍のあたりに口づけると敏感
に細い腰が揺れる。昂りを口に含むと、髪を乱暴にまさぐられ
て、初めて声をかけられた。

「もうそれはいい」

 膝を曲げた両足を広げて、僕を迎え入れる体勢をとってくれる。
以前のように挿入させてくれるつもりなのだ。優しく軽く汗ばんだ
内股に舌を這わせていると、教授はようやく僕の異常に気づい
た。身体を起こすと僕の股間を掴んだ。すぐに僕の象徴を外に
出すと口に含もうとしたので、慌てて止めた。

「このままでいいんです」

 そう言うしかなかった。

「何故?」

 首を傾げた教授の幾分紅潮していた顔がすっと青褪めた。

「私の勘違いだったのか?私だけが…」

「いいえ。そうじゃないんです。できないんです」

 慌てて否定すると厳しい声で、

「どういうことなのだ?」

と、咎められた。寝台の上に座り込んで、お互いにズボンを
おろしているという相当間抜けな状況だったが、僕は薄い肩
を抱き寄せた。教授は僕のするがままにしていた。

「あの時からです。先生が血溜まりの中に倒れてた。近寄ったら
大けがをしてました…。あのヴォルデモートの蛇のせいで…。
僕は先生が死んでしまうかもしれないと思った」

「私は生きている。そして、それと今の状況に何の関係があると
いうのだ?」

 低い滑らかな声が僕に問いかけてきた。

「ええ、すごく嬉しい。先生が無事に生きていて。でも、僕は
我を忘れるのが怖い。自分でコントロールができなくなるのが
怖い。“あれ”と暴力は同じに思えるんです」

「私が、お前が勃起したり射精したら私を痛めつけると思う
のか?」

「同じみたいに思うんです」

 先生は眉を顰めていた。暫く薄い唇に細く長い人差し指をあて
て暫く考え込んでいたが、やがていつもの滑らかな口調で、

「明日にでも、アバーフォースに頼んで山羊をもらおう、後の材料
は私の薬品庫にあるし、厨房から生姜と葡萄酒を取り寄せて…。
煮込むのに少し時間がかかるが、半日もあれば出来上がるだろう」

と、何か手配の段取りを滔々と語りだした。

「何するつもりですか。薬を作るんですか?」

 事の成り行きがわからなかった。

「大丈夫だ、ポッター。お前は治る。私が煎じた湯に浸かれば
回復するはずだ。あぁ、山羊は雄の生殖器だけが必要なので
去勢するだけだ。殺さないので安心しろ」

 教授は淡々と恐ろしいことを口にした。

「でも、考えただけでも痛そうじゃないですか!それに飲むん
じゃなくてつかるんですか!」

「そうだ。三日間。多少、生臭い匂いがつくかもしれないが
我慢しろ」 

「いやです!」

「お前は私が信用できないのか!」

「いいえ。そうじゃなくて…」

「何なのだ、はっきり説明しろ」

 押し問答の末、苛々とした口調で問い詰められたが、

「僕は治りたくない。このままでいい」

 要領を得ない僕にかなり苛立っていた先生が、軽蔑したよう
にハッと短く笑った。昔の僕なら、不愉快になっていたし、先生
も火に油を注ぐような言葉を続けたに違いない。しかし、黙り
込んで、知的で感情を潜めた黒い眸が鋭く僕を見つめた。

「僕はこのままで先生の傍にいたい。ずっと」

「ずっとこのままか?」

 鸚鵡返しに尋ねられて、頷くとまたハッと短く笑われた。今度
は呆れられたようだった。

「駄目ですか?」

「子どもじみたことをいう」

 教授は嘲笑しようとして失敗して唇を歪めたが、やがて諦めた
ように溜息をついた。

「まぁ、よいだろう。気が済むまでそのままでいるがいい。私は
おまえは治療可能な病気だと思う。臆病が原因の病気にすぎぬ」

 僕は自分の状態に大分前に気づいていた。正確には教授の
無事を確認した時、嬉しくて自分を慰めようとした時にどうして
も昂らなかったのだ。それからは、教授と再会した時、寝室に入
れてもらった時、心は歓喜しているのに身体は一切反応しなか
った。そして、それが少しも辛くなかった。眉間に縦皺を寄せて
難しい顔をしている教授を見つめているうちに、はっとした。

「先生はその、治った方がいいですか?僕、先生の怪我は治って
いて、自分の状態は自分の問題だってことはわかってます。毎日
来たらやっぱり迷惑ですか?一緒にいたら邪魔ですか?」

 教授は狼狽したように手を振って追い払うような仕草をして
何か言おうとしたが、諦めて溜息を吐いた。首を横に振って
額に指を当てている。その後ろに回って、そっと象徴を掴んだ。
話し合っていたせいで萎えかけていたが、手の平を使って擦
るとすぐに勢いを取り戻した。教授は急に刺激を与えられて、
思わず艶やかな声を出した自分に苛立ったように、しばらく
身体を捩って抵抗していたが、快感が勝ってきたらしく僕に
凭れかかってきた。ほどなく僕の掌に精が放出された。息
を乱してぐったりとしている濡れた身体の後始末をしてから、
二人でもういちど端に寄せていた布団を被った。
 本当は教授が興奮する姿も少し怖い。死んでしまわないか
心配になる。しかし、快感に震える身体はとてもきれいだった。
僕が見ているところでなら、死にかけたとしても助けてあげら
れるような気がする。細い身体を抱きしめると、抱きしめ返し
てくれた。お互いにもたれあって眠りにつく。体温がとても愛
しい。僕は自分が何を望んでいるのかよくわかっている。
かつて見守られていたように、今度は僕が見守り続けたい。
できるだけ近くで、これからもずっと見つめていたい。もう二度
と離れることがないように願っている。

(2012.12.18)

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