Telephone

 
 深夜に近い時刻になってようやく大学の傍にある古びたアパートに帰れた。
実験のデータを纏めているといつも遅くなってしまう。道路に積もった雪は
凍り付き、何度も修理しているブーツを今月のアルバイト料が入ったらもう
一度修理に出すつもりだったが靴下を重ねても爪先が凍えてしまっていた。
自分の部屋番号のポストの中に手紙が二通入っていた。一通は見慣れた
筆跡で検閲された跡があった。私は常に尾行され、自宅の電話は盗聴され、
秘密警察の監視下に置かれていた。この国には自由などないのだ。すべて
の情報は管理されている。特に自由と通じようとするものは消される運命
だ。もう一通は一週間後に出頭するようにという当局からの出頭通知だった。
いよいよきたか、遅かったくらいだなと思ったが指先が震えた。自分の部屋
の一口コンロで薬缶を火にかける前に手紙を焼いた。燃やす前に一度だけ
読んだ。これまで届いた分も同じようにしてきたが、内容は覚えている。
 一週間後に出頭するとすぐに無表情の警官に連れられて、重厚な扉を幾
つも通り抜けていった。扉が閉められる度に自動でキーがロックされる音が
響く。最後の扉の前のインターホンで警官が氏名を告げると、カチリと扉の
ロックが外された。セブルスだけが入室する。室内は広い部屋の隅々まで
暖房が効いていたがどこか無菌室のような完璧な清潔さが支配していた。
部屋の奥にある執務机の向こうにこの部屋の主である初老の男性が座っ
ていた。痩身で口元の髭は手入れが行き届いている。柔和な雰囲気だが
眼光は鋭い。

「君はセブルス・スネイプ君だね」

「はい」

とできるだけ落ち着いた声で答えると

おもむろに受話器を渡される。わけがわからないながらも受話器を耳に当
てた。

「セブルス!!!お誕生日おめでとう!!!」

数ヶ月ぶりに耳にする人を苛立たせずにはいられない暢気な声だった。
何故、この場所にこの男から私への電話がかかってくるのか。第一、誕生
日って何だ。そういえば今日は私の誕生日だった。しかしこのところの緊迫
した日々のせいですっかり忘れていた。

「君の誕生日にはそっちに行くつもりだったんだけどさ、練習の時に5回転
のジャンプが飛べちゃったんだよ!試合に入れられるかはわからないんだけ
どその方向で話が進んでてね。うまくいったら僕ギネスに載るよ!」

何回転でも好きなだけ回っていろ、馬鹿独楽めと内心悪態をついていると、

「僕は練習があるから君がこっちにきてくれないかなと思ったんだけど、スリ
ザリンって簡単に出国できないんだね。だから残念だけど今回は諦めた。
そのかわりね、長期でこちらへ君が来れるように手配しといたよ」

「手配とは何をしたのだ!」

長官に目配せされて受話器を変わった。

「ジェームズ、私が説明するからしばらく待っていたまえ」

事態が把握できずにいる私に長官は事情を説明した。長官とポッターの大
叔父と若かりし頃、同じ大学で学んだことがあったらしい。長官はスリザリ
ンでも生え抜きのエリートでごく若い頃に国費で幾つもの国に留学してい
た。ハッフルパフに留学していたときに同じく彼の地に遊学していたポッタ
ーの大叔父と知り合い、親友になったのだという。その経緯を懐かしそうに
長々と話した後、君を国費でグリフィンドールに留学させると簡単に宣言し
た。

「いや君はスリザリン大学薬学部で非常に優秀な成績を修めているときいて
いるし、国費留学する資格は充分にある。グリフィンドールから頻繁に手紙
が届いているという情報から君にはスパイ容疑があったのだが、ジェームズ
から私宛に直接電話があって嫌疑は氷解した。私はあの子がこんなに小さ
な時から知っていてね」

と長官は手を机の上でひらひらさせた。

「歩んだ道こそ違え、あの青春の日々の友情をアンソニーと私は生涯共有
している。ジェームズは私にとって孫のような存在なのだよ。そして、愛し合う
もの達には、手助けするものが現れるものだ。これからの君の人生に幸多か
らん事を」

と片目を瞑ってみせた。あのスケート馬鹿がグリフィンドールでも有数の資
産家の出身であり、かつその一族は財界のみならず政界とも強い繋がりを
持っていることはスリザリンでも夙に知られている。しかし、まさか冷戦状態
の国にまでコネがあるとは、私に逃げ場はないのだろうか。しかも長官の話
の意味不明さからしてポッターがどういう話を長官にしたのか想像するだに
恐ろしい。

「あ、セブルス、話終わった?これが僕からの誕生日プレゼントだよ!吃驚
してくれた?こっちに来てから君が住む家だけどね…」

「断る!」

と叫びざま受話器を叩き置いた。呆気にとられている長官に、

「というわけですので、これで失礼します」

と一礼してから私は秘密警察の長官室を足音も荒く出ていったのだった。


【補足】
「もし親世代がフィギュアスケーターだったら」の番外編です。まだ本編書い
てないんですが…!シリウスが亡命する一年前くらいの時期でしょうか。
本編を書く日がくるのかわからないですが、どういう経緯があったのかこの
時点で一応恋人同士です。絶賛遠距離恋愛中。
スネは結局スリザリンが自由化されてから、グリフィンドールの大学か企業
に招聘されて赴くことになります。頭脳流出とかそういう感じ。
スリザリンは旧ソ連のイメージなので、ブラックとかマルフォイとかエリート
は優遇されてるのですが、スネはバター買うのに一日並ぶとかそういう生活
をしています。何かスネは苦しい生活が似合う…。

(2012.1.9)

inserted by FC2 system