罰則

 

「ポッター、罰則だ。土曜日の午前十時、私の研究室に来るように」

 冷ややかな声が告げる。ハリーをクディッチの試合に出場させないた
めの見え透いた口実だ。苛立った表情のハリーに、嫌みな一瞥を与え、
そのまま背を向け黒衣を翻し魔法薬学教授は教室を出ていった。

「くそっ」

ハリー・ポッターが悪態をついたのは、スネイプの悪意でクディッチの試合
に出られないことに対する無念だけではなかった。
まるで宗教者のような黒衣の教師に抑えがたい欲望を感じる自分自身に
対してだった。

 その週の土曜日の午前中、魔法薬教室の奥にあるスネイプの研究室に
ハリーは「罰則」を受けるために赴いた。
部屋の前に立つとノックをする前にするりと扉が開いた。ハリーが部屋の
中に入るとまた扉は勝手に閉り、かちりと音を立てて施錠された。

「ポッター、15分の遅刻だ。その分罰則の時間は長引くことになる。今日
あたりスリザリンの優勝がきまるのではないかな。名シーカーがおられぬ
とあっては」

 憎たらしい台詞を呟く唇を塞ぐ。こういうのもキスというのだろうか。
ジニーや他の女の子とのキスはもっとふんわりと甘い気持ちになるもの
だった。スネイプの口に差し入れた舌を根本で絡ませながら唾液を飲ま
せ、相手が窒息しそうになるまで角度を変えながら吸い続ける。スネイ
プの身体から力が抜けたことを感じ取ると片手で抱き寄せて、手慣れた
動作でスネイプの私室に続く扉を呪文を唱えて開ける。真っ暗な部屋の
明かりをつけて寝台に投げるようにスネイプを転がし、もう一度扉に向か
って呪文を唱えた。これでこの部屋は完全に密室になった。

 昼過ぎまで、スネイプにほとんど休む間も与えずに抱き続けた。否、
その身体を貪り味わい尽くした。それでもいつでも飽き足らない。
いつもよりハリーの思うままに体位を何度も変えて挑んだので、スネイ
プはきっと試合に出場できなくした自分への意趣返しだと思っているだ
ろう。スネイプが射精することを何度懇願されてもぎりぎりまで許さなか
ったので、放出の瞬間悲鳴を上げて気を失ってしまった。疲れ果てて
湿ったシーツに横を向いてうつ伏せる生気のない寝顔を見ていると、初
めてスネイプと関係を持った日のことが脳裏に甦った。

 自分と父親を常に同一視するスネイプに対する憎しみと苛立ちは年を
重ねるごとに募った。研究室でいつものように罰則の前の嫌みな訓戒を
受けている時、ついにハリーの怒りと憎しみの激情が暴発した。
杖を構える余裕もなく、父親とそっくりだと嘲るように歪めた口元を思い
切り殴りつけて押し倒した。スネイプの頭部が床にぶつかる音がした。
スネイプは軽い脳震盪をおこしたらしく床に仰向けに倒れた。
ローブを剥ぎ、首の上まできっちりと留められている長袖シャツの釦を弾き
飛ばし、いつもは隠されている素肌を露わにした。
長年、地下室で過ごして滅多に日光を浴びないスネイプの皮膚は抜ける
ように白く、しっとりと湿っていた。
 これは一体誰なのだろう?
ホグワーツに入学したときから、自分に対する憎しみを隠そうともせず
目の敵にしてきた魔法薬学教師?
父親のライバル?
磁器のように白い頬に黒い髪が乱れて、いつもハリーを鋭くにらみつける
黒い瞳は閉じられて見えない。ハリーが思い切り殴った唇の端が切れて
鮮血が滲んでいた。その赤がハリーに火をつけた。
夢中で噛みつくように白い身体に痕を付けていった。スネイプは無意識に
身体を捩っていたが、やがてぼんやりと目を開けた。
それに気づいたハリーとスネイプの視線が合う。
憎悪と興奮を宿したハリーの姿を明確に捉えた瞬間、スネイプの黒い瞳に
強い光が宿った。
 ハリーの暴挙に、スネイプは腕を振り腰を捻ってハリーの下から逃れよ
うとしているように見せながら、気取られることなく巧みに加害者の動きを
手助けし、導いた。ハリーがスネイプの下着の中に手を入れ奥を探ると、
その部分の変化、荒くなる息遣いを堪えようともせずにハリーを煽った。
今思えば、濡らしていない指を、奥深くに挿入しても苦痛しかもたらさな
かったはずだ。ぎこちなく抜き差しされ自分を犯す指の動きを、呼吸で痛
みを逃しながら受け入れていた。
スネイプの奥深くを暴いている行為に、ハリー自身も勃然と高ぶってくる
のを感じた。指を引き抜き、ローブの前をもどかしく寛げてハリー自身を
押し当てた時も、自ら力を抜いて身体を開き、一息に貫かれたのだった。
スネイプの悲鳴が耳に響くのと同時に、ハリーの苦痛の入り混じった歓
喜の瞬間は終わった。
 我に返った時には、ハリーは辛うじて服を身に付けた状態で研究室の
外に放り出されていた。ローブは床に丸まって落ちていた。顔を蒼白にし、
ローブを肩から被り乱れた服装で寮まで帰ってきたハリーを見て、親友
が「まさか体罰を受けたのか!?」と心配そうに駆け寄ってきた。

 魔法薬学の授業で再会したスネイプは、平生と何一つ変わらない陰湿
な態度でハリーを甚振った。容赦なく魔法薬の出来を嘲笑し、減点した。
あの出来事は幻覚だったのだろうか。スネイプの顔は傷一つなく、いつも
のように気が遠くなりそうなほど沢山ついている釦を顎の下まできちんと
止めて完璧な装いだった。
気がつけば授業は終わっていて、ハリーだけが魔法薬学の教室に残っ
ていた。
スネイプも研究室に引き上げた後だった。研究室の扉をノックすべきか
どうか逡巡していると、

「用があるなら入り給え、ミスター・ポッター」

部屋の中から声をかけられ驚いたが、自分のテリトリーに誰が存在して
いるのかなどきっとスネイプはたやすく把握できるのだろう。

「先週の罰則は途中で終了してしまった。君を矯正するには引き続き
罰則を受けてもらう」

「僕は、先生を…」

「君と私の見解は一致していない」

「でも僕は…」

 不意にスネイプがくすくすとさも可笑しそうに笑いだした。
こんな時なのに、変な茸でも食べたのではないかと心配になったくらい
スネイプの自然な笑顔は珍しい、というより初めて見たハリーはただ
スネイプの笑顔を見つめていた。

「ポッター、罪を償うとでもいうつもりか。男同士で強姦罪は成立しない」

 そういう問題ではないだろうと思ったが、どのように話したらいいのか
わからなかった。

「確かめてみるか」

 ハリーの答えも待たずにスネイプがローブを床に落とした。下に着て
いる気が遠くなるほどびっしりつけられた釦をほっそりとした指が器用
にはずしていく。
目が離せずに食い入るように見ていると、シャツを脱ぎ、下着も下ろし
て生まれたままの姿になった。その姿でハリーの前に立つ。
身体中に陵辱者の痕跡が散らばっていた。
その陵辱者である自分でも呆れるほど執拗に吸ってつけた鬱血や
噛み痕がそこかしこに残っていた。
顔を殴った跡は、スネイプが自分で消したのだろう。では何故、身体
の方は残しておいたのだろうか。

「おまえは、思い出さなかったのか?」

 不意にスネイプ特有の滑らかに響く低い声が囁く。
私は毎日これを見ていた、少しずつ薄くなってきたけれど、どのように
して付けられた痕なのかすべて覚えている。
 それからは無我夢中だった。スネイプをその場に押し倒し、自分が先
日つけた痕を上書きするように唇を這わせて舐めた。
しっとりと肌理のこまやかな白い皮膚に吸ったり歯をたてたりするたびに
敏感に身体を捩らせ声を上げる。
足を開いてハリーが自分の中に入ってきやすいようにしてくれる。
ハリーはそれまで何人かの女の子と付き合ったことがあった。誰か女の
子を好きになると、ときめいたり切なくなったりして、もちろんキスしたり、
身体に触れたりはしていた。最後の一線を越えたことがなかったのは、
貞操観念がどうとかいう問題ではなく、そういう衝動を覚えなかったから
だ。
 スネイプは他の誰とも違った。そして寝台の上では信じられないくらい
スネイプは従順だった。ハリーが求めることは絶対に拒まなかった。
何度か抱き合ううちに慣れてきたハリーが、スネイプの身体をじっくりと
味わい、その隅々まで把握するようになると主導権は完全にハリーの
ものになった。ハリーは今まで知らなかった支配欲に内心では戸惑い
ながらも、スネイプを思うままに扱うことに執着するようになった。しかし、
絡めとられているのは自分の方だということも確かだった。
「罰則」を理由に呼び出され、そのたびに身体を合わせる。
いや、スネイプに口実を与えるためにハリーはスネイプの目を引くことさ
えした。
回を重ねるうちに研究室の奥にあるスネイプの私室を使うようになった。
研究室だと用事のある学生がやってくることがあるから施錠していても
落ち着かなかったからだ。
私室は、研究室に入りきれなくなった書籍が積み上げられているほかは、
趣味や装飾が一切なく寝台と小卓、学生用と同じクローゼットが一つあ
るきりで修道士の生活を連想させた。
スネイプは一人で眠る時にこの行為を思い出したりしないのだろうか。
激しく乱れたことを思い出さないのだろうか。
 今まで憎しみの感情でしかスネイプを見ていなかったので容姿のこと
などむしろ悪く思っていたのだが、実際のスネイプはいわゆる正統的な
美形ではないが、独特の雰囲気がある。
そしてあの黒づくめの喪服のような長衣の下にあれほど官能的な姿態を
隠しているとは想像もできなかったが、一度あの瑞々しい皮膚や、熱を
知ってしまえば他の誰かに触らせることなど絶対に許せなかった。

「ふふ、ポッター、最後の試合に出場できなくて、さぞや業腹だろう…、
私に仕返しをしているつもりなんだろうね…」

 いつの間にか目を覚ましていたスネイプが声をかけてきた。先程まで
ハリーに全てを委ねきっていた様子とは打って変わっていつもの皮肉な
口調だった。喘ぎすぎて少し声が掠れてはいたが。

「あの、君の親友ロナルド・ウィーズリーの妹が、君の代わりにシーカーを
務めるとか」

 スネイプのお気に入りの話題は、ジニーについてだ。
思考を撫でるように探ってくる馴染みの感触に、抵抗するかわりに意識
的にある場面をイメージした。

「なに…?まだ気が済まないのか?」

 答えの代わりに、スネイプの両膝の裏に手をかけて持ち上げた。
スネイプは赤ん坊が用を足すような格好をさせられても、平気でくすくす
と笑った。散々陵辱されて赤く腫れて緩く口を開けた蕾が丸見えだがな
されるがままだ。しっとりと汗ばんだ首筋に顔を埋めるとくすぐったそうに
しながら細い腕をハリーの背中に絡めてくる。

 ハリーが父親とスネイプが恋人同士だったと知っていることをスネイプ
は知らない。ある時、父の親友の一人リーマス・ルーピンが話してくれ
た。まだ関係を持つ前のことだが、スネイプの自分に対する仕打ちを訴え
たら、一年間、ホグワーツでその様を見ていたにも関わらず、ルーピンは
スネイプを許してやってほしいとハリーに頼んできたのだ。
そしてスネイプが何故ハリーを憎んでいるかのように振る舞うのか自分の
推察だと前置きしてからおしえてくれた。

 ジェームズとスネイプは反目していたけれど、それは惹かれ合う気持
ちの裏返しだった。ジェームズが先に告白して、長い時間をかけて意地
っ張りだったスネイプに受け入れさせた。二人がどのような付き合いだっ
たのか詳しくは知らないが、別れを切り出したのはスネイプの方だったと
聞いている。ジェームズはしばらく荒れていたけれど、それでも結局
はきっぱり諦めてリリーと結婚した。でも、闇の陣営に身を投じていた
スネイプが不死鳥の騎士団に寝返ったのは、ひとえにポッター家全員の
命を救いたかったからだと思う。
あの時、闇の陣営から離脱するなんてことは命を捨てるようなものだっ
た。でもスネイプは躊躇なくそうした。
だからスネイプがどんなに君に辛く当たろうと、彼を信じてあげてほしい。
スネイプは君の命を守るためなら自分の命を差し出す覚悟をしている。
君のご両親を助けられなかった償いのために。彼は複雑な男だけれど、
ただひどく傷ついているだけなんだ、今でもね。

 これは、この関係は過去の再現なのだ。色褪せかかった傷と、同じ
傷を自分でつける。傷は永久に塞がらない。
スネイプは、ハリーの父と母との過去を、ハリーとジニーで反復してい
るつもりなのだ。
スネイプは、ハリーを通していつでも父を見ている。いや、今でも父の
ことしか見ていない。それが悔しい。関係を作ったのはスネイプの方なの
に、スネイプがハリー自身を見ることはない。
 自分からは愛も恋も決して受け付けない、冷たくて狡い男を束の間で
も自分のものにしたくて、熱い塊をスネイプの中に埋めてハリーは彼と
繋がる。湿った粘膜がハリーの一部を柔軟に包み込みこみ締め付けて
くる。一つになって揺さぶると艶やかな矯声が地下室に響いた。
地上のことなど今はどうでもよかった。

(2011.6.19)

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