Present

 
  教員用のテーブルについて夕食を取っていると、いつも以上にグリフィ
ンドール寮のテーブルが騒々しさが目に付いた。一段高いところにある教
員用のテーブルから学生たちの食事風景は隅々までよく見えるのだ。
ここは減点すべきだと口を開きかけたところで、隣の席のマクゴナガル校
長に話しかけられた。マグゴナガルはグリフィンドール寮の寮監を長年に
わたって(軽く見積もってもダンブルドアが校長になってからだとして四十
年以上)勤めていたので、今でもグリフィンドール贔屓だ。私の適切な教
育的指導の邪魔をするつもりかと身構えたが、マクゴナガルは上機嫌に
微笑みを浮かべて、私の前にあるパイをとってくれと頼んできた。私は礼儀
正しくマグゴナガルの皿にパイを取り分けたが、その時にいつもマクゴナ
ガルが被っている黒のとんがり帽子がいつもと違うことに気づいた。私の
視線に気づいたマグゴナガルが厳格な彼女にしては珍しく弾んだ表情で、

「セブルス、やっとお気づきになったわね。これはポッターがわたくしに
プレゼントしてくれたの。最近、パリに出張していたそうですよ。先ほど
校長室でダンブルドアの肖像画と一緒に話をしました。すっかり社会人
らしくなって、ダンブルドアもたいそうお喜びでした」

黒のとんがり帽子につけられたコサージュがよく見えるようにこちらに
頭を向けてみせる。これを見せたくて私にパイを取らせたらしい。シルク
の薔薇のコサージュは華やかだがシックな色合いが洗練されていて、
古風なマクゴナガルに似合っていないこともないが、本来マクゴナガル
は愛国精神に富み、タータンチェックを愛していたはずだ。ポッターが
パリに出張していた事は本人から聞いて知っていたが、もちろん知ら
ぬ顔をしておいた。それにしてもマクゴナガルに土産を持参するとは
相変わらず抜け目のない男だ。

「ポッターが久しぶりに顔を見せに来てくれたのでグリフィンドールの
みんなも大喜びしてしまってまだ落ち着かないようですね。困ったも
のです」

と言いながらもグリフィンドールから減点する気は毛頭なさそうだった。
よく見るとグリフィンドールの連中は色とりどりの丸いものを手に持ち、
口に頬張っている。大方、ポッターの土産なのだろうが、寮の談話室
で食べればいいものをあの寮の見せびらかし精神は昔から変わらな
い。クディッチの試合で勝った時など酷いものだ。マクゴナガルが未だ
に折に触れて持ち出してくる「ハリー・ポッターほど闇の魔術に対する
防衛術の教師に相応しい魔法使いはいないのではないか」という主張
に話が流れていきそうな空気を察知したので、自分の部屋にまだ仕事
が残っているとさりげなく仄めかして席を立った。闇の魔術に対する
防衛術に相応しい教師はここにいるではないか。
 ポッターと身体の関係を持ってからしばらく経つ。最初の一週間は
ポッターからの梟便が日に何度も届くし、手紙の内容はこちらが赤面
するほど酷いし、挙げ句に再会の日にはホグワーツの門の前にポッタ
ーがゴールキーパーのように待ち構えていた。あいつはシーカーだっ
た筈だ。熱に浮かされて興奮状態の男と街を歩くのはいかにも危険だ
ったので、ポッターのデートの計画を全て却下してスピナーズエンドの
私の家に向かった。何度か会って諫めるうちにようやくポッターの童貞
臭も薄らいできたと思えるようになってきたところだった。それが、週末
には会う約束をしているのに、それまで待てずにホグワーツまで乗り
込んでくるのだから本当に困ったものだ。一度厳しく叱る必要がある
かもしれない。どうせ今も私の部屋に勝手に入り込んでいるに違いない。
階段を降りきって自室の扉を開ける前に用心して杖を持っておいた。
発情期の犬のような男に飛びかかられる可能性が高い。扉を開ける
と案に相違して室内は静まり返っていた。あの男は先祖伝来の透明
マントを持っているので油断はできないと部屋を見渡したが、しんと静
まり返ったままだった。

「アクシオ、ポッター」

と呼んでみたが反応がなかった。ということはもうホグワーツにもいな
いということになる。何となく拍子抜けしたが、机の上に何か置いてある
のに気づいた。シャンパンボトルと洒落た小箱の横に走り書きのメモが
あった

「愛するセブルス、一目顔を見たかったですが、急な呼び出しがあっ
たので帰ります。シャンパンとマカロンを一緒に食べたかったので残念
です。とても美味しいよ。週末に会ったときには、僕がパリ風にカフェ
オレを淹れるから楽しみにしてて。あなたのハリー」

と書いてあった。ファーストネームで呼ぶとは生意気だと思いながら
小箱を開けてみると先ほど大広間でグリフィンドールの連中が食べて
いた丸いコロンとした菓子が彩りよく並んでいた。夕食を食べたばか
りだったが、二、三個むしゃむしゃと食べてから、杖を降ってシャンパ
ンのコルクを抜くとコルクは勢いよく飛んで天井にあたってから床に転
がった。空中からグラスを出してシャンパンを注いでぐいっと煽ってか
ら、日課の風呂に入ることにした。この部屋に風呂をつける手配をした
ことは、ポッターの唯一の手柄といってよい。ハウスエルフが既に準備
してくれていたので、すぐに服を脱いでバスタブの湯に浸かったが、
ふと思いついて先ほどのシャンパンを呼び寄せて飲むことにした。
温かい湯に浸かりながら、冷たいシャンパンを飲むと気持ちが良い。
あのマカロンとかいう菓子の味も悪くなかったので、明日、グリフィン
ドールの者が持っているのを見つけたら、即没収することにしよう。
今日の夕食時のマナーの悪さもやはり減点に値するので明日そう
取り計らうことにしよう。グリフィンドールから減点する理由を考えるの
は楽しい。そういう意味でハリー・ポッターはかけがえのない生徒
だった。あいつほど減点しやすい馬鹿はいなかったからだ。ポッターが
私に会わずに帰ったところで清々するだけだ。決して私はがっかりなど
していない。しかし、ポッターが失礼なことには違いあるまい。これを
理由にグリフィンドールから減点してやる。そんな楽しい計画にほくそ
笑みながら残り少なくなったシャンパンを飲んでいるところに、大きな
音を立ててハウスエルフが走り込んできたので酔いが醒めるほど驚
いた。

「プロフェッサー・スネイプ!なんということを!」

 キーキーと耳障りな声で叫んだハウスエルフの破れた蝙蝠の翼の
ような大きな耳は震え、飛び出た大きな目は戦慄いている。節ばった
指をパチッと鳴らすと私の身体が宙に浮き、バスタオルで包まれると
抗議の声を上げる暇もなく寝台まで運ばれた。ハウスエルフは猛烈な
勢いで私の身体をゴシゴシ拭きあげパジャマを着せた。サービス精神
が旺盛といっても限度を越えていると文句を言いかけた私の口にハウ
スエルフがなみなみと水が入ったビアジョッキを押しつけて傾けたの
であやうく溺死しそうになった。

「一体、何なのだ!」

「お風呂でお酒を飲むと心臓に大変わるいのでございます!!!プロフェ
ッサーに万一のことがあれば、わたくしはハリー・ポッターに申し開き
できません!!」

 むしろ手当で死にかけたのだが、ハウスエルフがあまりにも衝撃を
受けた様子をしているのでそう言うのは憚られた。いつものように私が
風呂に入っている間に一枚きりの私の服の手入れに現れて、床に落
ちていたコルクを見つけて異変を察知し、勘違いしてこのような暴挙に
でたのだろう。ハウスエルフがこの部屋に来るようになったのもポッタ
ーの配慮からだった。この部屋付きのハウスエルフはポッターを崇め
ているらしくポッター化しているような気がする。度が過ぎてお節介
だ。ハウスエルフがびしょ濡れになった布団とパジャマを乾かして
くれたので、そのまま休むことにした。ハウスエルフは気遣わしげに
私の脈を取ったり、呼吸の乱れを観察してから、朝食はこちらにお持
ちしますと言ってポンッと大きな音とともに姿眩ましして消えた。
全く、ハリー・ポッターに関わると碌な目に遭わない。次に会ったとき
には絶対に文句を言ってやる。というか、しばらく会わないでおこうか。
いい懲らしめになるだろう。そういえば、ポッターのロンドンの家の庭
のことで相談を受けていた。温室を建てるとか、二階から眺めるには
どんな樹が適しているかとかそんな話だった。一度、実際に家に見に
来てほしいというので面倒だが行くしかあるまい。信じられないことだ
が、真面目に仕事をしているようなので、週末の約束がどうなるかわか
らないが、一応は下調べをしておくとしよう。木の植え替えは暑い時
期はできないので、そろそろ今年の期限がくる頃だ。来年にすれ
ばいい話だが、一年間もポッターに文句を言われるのは五月蝿
いので仕方があるまい。私としたことが、厄介な者に関わってしま
ったものだ。

【補足】
ハリーの家は、スネとの同居に向けて絶賛改装中なのです(笑)
もちろん、スネにはまだ何も話してはいない段階です☆

(2012.5.26)

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