memorabilia

「グリフィンドール…」

 魔法薬学教授は、どこか嬉々とした口調でハリー・ポッターの席の後ろ
に立った。この魔法界の英雄少年は薬の調合がひどく苦手だったので、減
点の口実がいくらでもあるからだった。
教科書に載っている見本通りの色に完璧に煎じられた薬を無言で凝視し
たスネイプは、そのまま踵を返して、スリザリンの生徒たちの席の方に
去っていった。

「ハリー、あなたの薬、教科書通り完璧な出来じゃない!
教授はグリフィンドールに加点してくれてもいい筈なのに!」

 憤慨するハーマイオニーに、ハリーは肩を竦めると教卓に課題のフラス
コを提出して、てきぱきと机の上を片づけてからローブの裾を翻して教室
から出て行った。その後ろ姿を、魔法薬学教授が鋭い目つきで見つめて
いた。


 ハリー・ポッターは天涯孤独の身の上だった。血の繋がった母方の叔母
がいるが、赤の他人以上にハリーに冷たく、ハリーの両親のことを一切
教えてくれなかった。だから亡き父親の親友たちと出会えたことは、新し
い家族ができたように嬉しかった。 シリウス・ブラックやリーマス・ルーピ
ンから父の話を聞くことは、本当に自分の父親が実在していたと実感でき
て本当に楽しい。それにしても父親たちは大変な悪戯好きだったようだ。
忍びの地図を作ったり、アニメーガスになってしまったりと悪戯の範疇を越
えているような高度なことにまで手を出していたらしい。
夜更けに寮の談話室の暖炉を使ってこっそりシリウスやリーマスと話して
いる時にも、その話題がよく出る。

「あれ、どうなったんだっけ?ジェームズが何か作りかけていたやつ」

「何だっけ?ジェームズは発想が奇抜すぎて僕は時々ついていけなかっ
たなぁ」

「マントか何かだよ。あぁ、自分の替えのローブに何か仕込んでたんだよ。
詳しくは完成するまでのお楽しみだっておしえてくれなかったけどな」

「何ができあがるか自分でもよくわかってなかったのかもしれないね。ジェ
ームズは頭が良すぎるところがあったから」

「ねぇ、それどうなったの」

「ジェームズは必要の部屋に隠していたんじゃないかな。大体いつもそう
してたから。あっ、フィルチの部屋だったかもしれない。灯台もと暗しとか
言ってあそこの没収品置き場に隠したりしてたな。あいつは猫を手懐けて
たし」

 寮の自分の寝台に寝転がって、シリウスとリーマスからきいた父の発
明品のことを考えていた。父さんもホグワーツの学生だったんだな、と改
めて思う。今度必要の部屋を捜索してみようかな。フィルチの部屋はちょ
っと無理かもしれないけど。

「あーあ。呼んだら飛んできてくれないかなぁ。アクシオ!」

 冗談で杖を振ったが、やはり何も起こらなかった。
ふふっと笑いかけた次の瞬間、何かがハリーめがけて飛び込んできた。
ハリーが普段身につけているものと同じ黒のローブだ。

「まさか…」

 ローブを手に取ってみると、少し古びているが元はそれなりの店で仕立
てられたもののようだ。裏にネーム刺繍が施されているのが目に入った。
震える指でその刺繍を辿ってみる。「ジェームズ・ポッター」、それは父の
名前だった。

「ハリー、僕とローブ間違えてるんじゃない」

「ううん、これ僕のだよ」

「何かちょっと古くさくない?きみはお下がりなんて着ないじゃない」

「実はホグズミートの古着屋で買ったんだよ。こういうの、また流行かけて
るんだって」

「ふーん、僕のもそのうちヴィンテージ認定されないかな。その前にママが
新しいのを買ってくれるとありがたいんだけど…」

「ふふふ、ところでちょっと僕図書館に行ってくるよ。調べものがしたい
から」

「どういう風の吹きまわしだい!いつもクディッチの練習が最優先なのに。
図書室の場所おぼえてる?」

「そんなに勉強嫌いなの?僕は…」

「は?」

「じゃ、また夕食の時にね!」

 ハリーは急に会話を打ち切ると、図書室へ向かう階段を駆け上って行っ
た。


 ハリー・ポッターが変わったという評判は、瞬く間に特に教授陣の間で
広まった。もともと性格は明るく思いやりがあるし、クディッチに関しては
素晴らしい才能を発揮しているので、教授たちは勉強の方は大目に見て
いる傾向があった。それが、図書館で脇目もふらず勉強するようになっ
た。予習・復習ができているから授業中の態度もいい。それでいてクディッ
チの練習はきっちりこなす。グリフィンドールの寮監マグゴナガルは、ポッ
ターはやればできる子だと思っていましたと誇らしげだった。
スリザリンの寮監セブルス・スネイプは苦虫を潰したような顔をしていた。
それでもいつもなら何かと難癖を付けてハリーから減点しそうなものなの
に、加点はしなかったが無視し、何故かハリー・ポッターを避けているよう
だった。それでいて授業中に、ハリーが作業しているときは少し離れた
場所からずっと見ているのだった。
グリフィンドールの仲間たちは、あら探しをしているに違いないので気を
つけろとハリーに忠告したが、ハリーは別に気にしていないよと言って笑っ
ていた。


「ミスター・ポッター、私の研究室に来なさい。君の提出したレポートのこと
でいくつか聞きたいことがある」

 何故かハリー・ポッターを避けているように見えたセブルス・スネイプが、
ついにハリーに声をかけた。はい、と素直な返事をしてハリーはスネイプ
の後について歩いていく。ハリーが部屋に入ると同時に、扉は独りでに
施錠された。スネイプが鋭く、ハリーに杖を突きつけた。

「ミスター・ポッター、ローブを脱ぎなさい。そのローブには不審な点が見受
けられる」

「先生、今夜“いつもの部屋”に来てください。今ローブを脱ぐと僕はきっ
とひどい“風邪を引いて”しまうでしょうから」

“ハリー・ポッタ”ーは不適に笑うと、杖も手も使わずに扉を開けて出て
いった。



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