このまま手をつないで

 
  淡い緑に銀の模様が織り込まれた壁紙に作り付けの重厚な樫の書棚
が壁の三面に備えられた部屋は、書斎机に数冊の本を積んで静かに読書
している部屋の主の雰囲気とよく似ていた。肩に掛かる黒髪に切れ長の黒
い瞳、知性的な鼻梁と薄く形のよい唇、黒衣で首までしっかりと包み隠して
いるその姿は神秘的なところがある。黙って暫く見つめていると、

「ハリー、もう片づけはすんだのか」

と穏やかな声で問いかけられた。気配で察していたらしい。

「まあね、もともと荷物は少ないから。見てみる?」

そう声をかけると、彼は立ち上がった。さりげなく肩を抱いて隣の部屋と
つながっている扉まで歩いた。二人きりなので人目を気にする必要はない
のだ。扉を開けると、彼の部屋と対になっている深紅の壁紙に金の装飾
をあしらった部屋になっている。わざと金色を褪色させて家庭的な雰囲気
にしてあり、家具は必要最低限のものしか置かれていないが、壁にはクデ
ィッチチームのポスターが数枚貼られ、学生時代のトロフィーが無造作に
置かれてある。

「どうしてプロにならなかったのだ。誘いはあったのだろう」

彼がそんなことを言う。

「クディッチは大好きだけど、職業となると別だよ。生活を安定させて早く
一緒に暮らしたかったから」

肩を抱いていない方の手で彼の手を握ると、握り返された。胸が熱くなっ
て彼を抱き寄せ、口づけようとした…。


「ハリー!そろそろ起きないと夜眠れないぞ」

突然、目の前にくしゃくしゃの髪に眼鏡をかけた明るいヘイゼルの瞳をし
た顔が現れた。瞳の色以外はハリーとそっくりだ。ハリーは父親に瓜二
つだとよく言われる。きっと二十年後にはこんな姿になっているはずだ。
しかし現在の身長はジェームズの半分しかない。

「おやつも食べずに午後中ずっと昼寝してたんだよ。もうじき夕ごはんだ」

ジェームズはむっくり起きあがった後、座ったまま身動きしないハリーに
そう説明した。一緒に眠っていた黒猫は欠伸をしてにゃあと鳴いた。それ
からソファから飛び降りて、水を飲みに行ってしまった。

「ハリー?まだ目が覚めてないのかい?」

ジェームズに再度声をかけられて、やっとのろのろとソファから降りると
ハリーはふぅっと溜息をついた。せっかくいいところだったのにパパに
邪魔された。夢でもせめてわがはいとキスしてから目を覚ましたかった。
シリウスには毎週のように会えるが、わがはいとはなかなか会えないの
だ。わがはいに会うためにも早くホグワーツに入学したいのに、まだ何年
も先だ。先程の夢は未来に本当にそうなるのだと思うが、続きをもっと見
ていたかったので残念でしかたない。
 気を取り直して、ハリーはママが料理をするところを見に行く事にした。
ママが杖を降って次々と美味しい料理が出来上がっていく様子は毎日
見ているのにとても面白くて飽きることがないのだ。キッチンに出向き
かけたハリーの耳に玄関の話し声が聞こえるのと同時に駆け出していた。

「わがはい!」

夢で見た姿と寸分違わないセブルスがリリーの傍に立っていた。ハリーが
憧れてリリーに頼み込んで同じデザインで拵えてもらった外出用のマント
を着ている。いつものようにハリーがマントにしがみつくとセブルス特有の
薬草の匂いがした。ハリーの大好きな香りだ。ほっそりとした指がふわふ
わした癖っ毛を優しくそっと撫でてくれる感触が心地よくてうっとりした。

「もう、ハリーはやっと起きたのね。セブ、やっぱりうちで夕食を食べてい
ってよ。ハリーったらお昼寝のしすぎだからちょっと遊んでおかないと夜
中寝ないで騒ぐと思うから。ジェームズは一緒になってはしゃぐにきまっ
てるし」

燃えるような赤い髪をした母が寝坊をした小さな息子に話しかけてから、
幼馴染に向かって話しかけた。瞳はハリーと同じ美しい緑色で、母子の
エメラルドのように輝く瞳をセブルスはいつも眩しそうに見た。
セブルスはリリーに頼まれた薬草を玄関で渡してそのまま帰ろうとして
いたところだったらしい。明日は月曜日で朝一番に授業があるからと
いうことだったが、ハリーが熱心に頼むと夕食を食べていってくれる事に
なった。ジェームズも玄関に現れて、セブルスが食べていくなら自分も
リリーを手伝おうと申し出て夫婦でキッチンに向かった。

「ハリーのおかげで夕食を食べはぐれずに済んだ」

セブルスはそう言って微笑みを浮かべてハリーのまるい顔を見る。ハリ
ーはわがはいが冗談を言っているのだとピンときた。ハリーの周りの大
人は屈託なく声を出して大笑いする人ばかりで、お互いに腹を抱えて笑
い合うことも珍しくないが、わがはいは違う。口角をきゅっと上げて微笑む
のだ。その控えめな感情表現がハリーは好きだが、セブルスは卑しいこ
とを口にしてしまったと後悔して表情を雲らせた。それを見逃さずセブル
スの黒衣の裾を間髪入れずにぽっちゃりとした小さな手がぎゅっと掴む。

「ハリー?」

怪訝そうにハリーを見下ろすセブルスを、長時間眠ったためかいつも以上
に澄んだ緑色の瞳をきらきらさせてハリーは見上げた。

「ぼくね、きょうははわがはいのとなりかむこうがわかどっちがいいかな
ってまよってるの。わがはいはどっちがいい?」

ハリーがきまじめな顔をしているので、セブルスは吹き出した。いつでも
ハリーは自分に手放しの好意をみせてくれるのだ。本当に無邪気で可愛
らしい。

「ハリーの好きな方で」

とセブルスが答えると、ハリーはえーっ、と言いながら楽しそうに笑った。
服を掴んでいた手を離して、セブルスの手をとってぐいぐい引っ張って
いく。セブルスのひんやりとした手とハリーのあたたかな小さな手が結
ばれる。ハリーの短い足の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれるセブ
ルスの手を握りしめながら、ハリーはわがはいのことをずっと守ってあげ
たいと長時間昼寝をした効果で輝きを増したエメラルドグリーンの両の
目をきらりと光らせたが、上から見下ろすセブルスには長い睫毛に縁取
られているために気づかれることはなかった。ただとても優しい子だと
思われていた。

(2012.3.12)

*タイトルはキ●キの歌の題からですが、歌詞は関係ないです。


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