眼鏡

 眠り支度ができたセブルスが寝室に入ると、眠る気はまだ微塵もなさそ
うなハリーが寝台の上で待ち構えているいつもの就寝時間の出来事だっ
た。素早くキスを仕掛けようとしてきたハリーの目が充血していることに
セブルスは目敏く気づいた。片手で顎を押さえつけて、もう片方の手で
上下の瞼を開いて点検する。

「…結膜炎か?」

「ちょっと擦っただけだよ。大丈夫だよ」

とキスを続行しようとしたハリーが、あっ痛いと呻いて目を閉じた。それか
ら、目に指を入れたのでセブルスがぎょっとすると指先に硝子の破片の
ようなものがついていた。

「何なのだ、それは」

胡散臭そうに質問するセブルスに、

「…コンタクトレンズ。マグルは眼鏡だけでなくてこれをつけて視力を矯正
するんだ。お洒落目的でカラーコンタクトをする場合もあるらしいけど」

とハリーが目を閉じたまま答えた。

「きちんと装着できずに眼球の表面を傷つけたか、何らかのアレルギー反
応が出ているのではないか。消毒するための目薬を作ってこよう」

そう言うとセブルスはさっさと寝室を出ていった。しばらくして戻ってくると、
ハリーの顔を上向かせて両目に薬を大量にかけて洗い流した。物凄く沁
みたらしくハリーは涙目で抗議したが、セブルスはその緑色の目を開心
術を行う時のようにじっくりと見つめて検査した。充血がとれて緑色の瞳
はいつもの輝きを取り戻していた。唯一といってよい美点なのだからつま
らないことで損なわれては困る。

「どうしてそんなものをつけたのだ。目の表面にレンズを貼るなど何とも
野蛮ではないか。魔法使いらしくない振る舞いだ」

こういう時のセブルスはハリーを怒るというよりも叱る口調になる。

「だって眼鏡取るとぼんやりとしか見えないんだよ」

不貞腐れたように口を尖らせるハリーに、

「それでいいではないか。大体、何故今から寝るという時になってそんな
ものをつける必要があるのだ?」

「…セブルスの表情とかもっとちゃんと見たいし」

 痴態もみたいし、とは言わなかったがセブルスにはお見通しだった。
学生時代からこちらの頭が痛くなるほどの馬鹿だったが、成人して数年
経っても一向に改善されない。殆ど全ての行動が性欲と食欲に直結して
いる。同居に同意した自分の優柔不断さがつくづく呪わしい。こんな馬鹿
を魔法界の救世主として未だに担ぎだそうとする輩が後を絶たないのだか
ら世の中の連中の目は節穴だ。セブルスが心中でハリーとその信奉者を
辛辣に罵倒している間に目の沁みが落ち着いたハリーが眼鏡をかけて、

「いいよ、もうこれからは眼鏡かけたままで寝る!」

と宣言した。きらりと光った眼鏡の奥の緑の瞳が、セブルスのパジャマから
覗く鎖骨を好色に見つめた。ハリーがセブルスに抱きつくのと、セブルスが
ハリーを突き飛ばしたのがほぼ同時で、軍配はセブルスにあがった。

「勝手にしろ、馬鹿者め!」

と床に尻餅をついたハリーに言い捨て、セブルスは足音も荒く部屋を出て
行ってしまった。外側から鍵をかける呪文を唱えるのを忘れなかったの
で、閉じこめられたハリーがどんどんとドアを叩きながらセブルスを呼ぶ
声を無視して、自分の書斎に入った。クローゼットから仮眠用の毛布を
引っ張りだしてきて、ソファで休むことにした。クッションを枕代わりして
頭を載せる。馬鹿眼鏡め、頭を冷やすがいい。ふんっと鼻を鳴らすと
毛布をかぶって目を閉じた。そういえば、とセブルスは考えた。こういう
関係になってからだが、裸眼のハリーに懇願されてうっかり流されてしま
う事が多かった。付き合う事然り、同居する事然り、そもそも最初に関係
を持った時も当然だがハリーは眼鏡を外しながらセブルスに近づいて
きたのだ。真剣な色を湛えて自分を見つめる潤んだ美しい緑色の瞳。
迂闊にもいつも魅入られてしまっていたが、単によく見えていなかった
だけなのか。セブルスは頭が痛くなってきた。
ハリーは眼鏡をかけているべきなのか、はずしているべきなのか。
いや、日中は眼鏡をかけて、夜ははずせばよいのだ。
今更そんな当然の理を悩ませるとは本当に仕方のない馬鹿眼鏡だともう
一度悪態を吐いてからセブルスは眠りについたのだった。

(2011.11.11)

【補足】ハリーはいつまで経っても馬鹿眼鏡です。何だかんだ言って
セブルスも惚気てるのかな?書き終わってみるとそんな気がします。

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