大人の魔法使いと子どもの魔法使い

 
 家の中に二人の魔法使いがいる。大人と小さな子どもの魔法使いだ。
セブルス・スネイプはそんなことを思いついた自分に苦笑したが、手は
寸分の狂いもなく材料を切り揃えていた。炉にかけた黒い大鍋に切った
材料と水を入れるとほどなくぐつぐつと鍋から煮える音がしてきた。その
傍から、

「わがはい、もうきっていい?」

と期待に満ちたソプラノの声がする。右手でペティナイフをしっかりと握り、
教わった通りに左手を猫のように丸めたハリーがセブルスを見上げてい
る。むっちりとした手の甲にえくぼが浮かんでいてひどく愛らしい。

「ああ、くれぐれも気をつけて。集中して作業しなさい」

 ハリーは真剣な顔で頷くと籠から死んでいる芋虫を掴んで足付きのまな
板の上に置いた。まず頭を切ってから、トントントンと慎重に胴体を輪切り
にしていく。なるべく同じ厚さに揃えるのは難しかったが、何匹かこなして
いくうちに要領がわかってきてだんだんリズミカルにナイフがまな板を叩
く音が響くようになってきた。頭の部分は効用が違うので胴体部分とは別
にしておく。セブルスは幼児に刃物を使わせることを危ぶんでいたのだが、
ハリーに熱心にやりたいと懇願されたので、十分に注意を与えてからやら
せてみることにしたのだった。芋虫にしたのは水で戻した乾燥ナメクジや
油漬けのゴキブリに比べて扱いやすいと考えたからだが、死骸を幼児が
気持ち悪がるかもしれない可能性については想像していなかった。幸いに
もハリーは肝の据わった子どもだったので平気だったし、虫を切り刻むな
んて大人の魔法使いみたいだと喜んでいた。セブルスがしていることなら
なんでも真似したいのだった。
 両親亡き後、セブルスがこの生まれ育った家に戻るのは休暇の時くらい
だった。マグルだった父と魔女だった母の諍いの絶えない家庭でろくな
思い出もなかったが、一人で静かに過ごす条件にはかなっていたので、
一年のうちの数日はここで過ごしている。幼なじみのリリーと梟便のやりと
りをする用事があって、セブルスが実家に滞在していることを知った小さな
ハリーが両親に送ってもらって訪ねてきたのだった。この家から少し離れ
たところには、リリーが子供時代を過ごした家があるのでリリーとジェーム
ズはそちらを歩いてみると話していた。帰りにハリーを迎えにくると言って
いたのだが、ハリーが何時でも背負っているリリーの手製リュックからパジ
ャマを取り出してきた。驚き呆れる両親とハリーの攻防にセブルスが仲裁
に入り、翌朝、ホグワーツに帰るときに、ゴドリックの谷のポッター家にセブ
ルスがハリーを送っていくことになったので、ハリーは大喜びでセブルスの
足にしがみついたのだった。それにしても、とセブルスは真剣な表情で
芋虫を輪切りにしている小さなハリーを見守りながら思った。この小さな
ハリーはいつも自分を気にかけて会いたがってくれる。もともと子どもは
苦手だったし、好かれたこともないので不思議だった。ホグワーツの魔法
薬学の一年生の授業では毎年泣き出す者がいるほどなのだ。ハリーを見
つめながら、ぼんやりと感慨に耽っていると暖炉から声がした。

「おい、鍋がつっかえて邪魔だ」

「ルシウス!何事ですか?」

炉の下でいつも青白いルシウス・マルフォイの顔が炎になって燃えて
いた。

「ホグワーツのおまえの部屋にハウスエルフを使いに出したら不在だっ
たので、こちらかと思ってね」

「すみませんが、もうしばらく鍋を煮込まなければいけませんので。
来週、ホグワーツに梟便を送ってください」

「セブルス、やけに冷たいではないか。来客中なのか。うわっ、何だ?」

炎の顔が口をしかめた。

「あっ、ごめんなさい。いもむしのあたまがとんじゃったの」

暖炉の傍で、芋虫を輪切りにしていたハリーがすまなさそうにセブルスを
見上げている。

「ルシウス、芋虫の頭部は噛んでも害はありませんが、薄荷水で嗽をする
と臭いが消えますので」

ペッ、ペッと気持ち悪そうにしている炎の顔にそう告げてから、セブルスは
暖炉の火を消した。塩といくつか香辛料を振り入れて掻き混ぜ、

「さぁ、できたぞ。ハリー、手を洗っておいで」

 手を洗いにハリーが部屋から消えた後、セブルスは輪切りの芋虫を瓶に
詰め、まな板とナイフにクリーニングの魔法をかけて片づけた。ハリーの後
で手を洗うと、ハリーはセブルスを待っていてにこにこと笑いかけたので、
セブルスも自然に頬を緩めた。二人で今に戻り、セブルスが杖を降って大
鍋までレードルとスープ皿を飛ばすと、レードルが鍋の中に突っ込まれ、
スープがよそわれてからテーブルまでしずしずと飛んできた。ハリーが
いそいそとテーブルにつくと湯気のたっているスープ皿が降りてきた。

「簡単なものだが」

セブルスがまた杖を振ると、スプーンとパン籠がテーブルに出現した。

「わぁ、おいしそうなにおい!」

早速、スプーンを手にとってスープを口に運びながらハリーが楽しそうな声
を上げた。

「わがはい、きるのじょうずだね。じゃがいももにんじんもたまねぎもハムも
まっしかくだよ!」

几帳面に正方形に切り揃えられた具をほめそやすハリーにさりげなく優し
い眼差しをおくりながら、セブルスもスープを口に運んだ。

「魔法薬も料理も基本は同じなのだ。まずは材料を丁寧に処理することが
肝要だ」

 小さなハリーに教えてやりたいことは山ほどある。ホグワーツに入って
からでももちろん遅くはないが、魔法使いとして魔法薬学は避けては通れ
ない道だ。教育者の血が熱くたぎりかけたが、パンをむしってスープにつ
けてもりもり食べているハリーのまるい顔を見て自分の勇み足に苦笑して
しまう。ハリーが大きくなるのはまだまだ先の話だ。

「ねぇ、わがはい。いもむしのわぎりはもういいの?」

「あぁ、もう十分だろう。ハリーが手伝ってくれて助かった」

「よかった!またいもむしをわぎりにするときにはいってね、ぼく、したげる
から!」

セブルスの手作りのスープを飲みながら、二人は和やかに芋虫の輪切りを
使った薬や、体液の絞り方やそのエキスの活用法について盛り上がった。
セブルスが幼児にもわかりやすいようにできるだけかみ砕いて話してきか
せると、ハリーは大きなエメラルドの瞳を輝かせて聞き入っては感嘆の声を
あげた。この家に二人の魔法使いがいるのは何年ぶりのことだろう。昔も、
大人と子どもの魔法使いだった。セブルスは一瞬過去に思いを馳せた。
それから、ハリーに向かって声をかけた。

「さぁ、口直しのデザートにしよう。リリーが持ってきてくれたものだから美味
しいぞ」

戸棚からハリーの好きな糖蜜パイが飛んできた。ハリーが歓声をあげる。
子どもの弾んだ笑い声がセブルスの心の中に射し込み、暖かく照らした。

(2012.6.5)

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