Dream

 僕が立っているわずかな空間を残して、周囲には緑が生い茂って
いた。僕は持っていた水をこぼしてしまった。みるみるうちに大地は
水を吸い、黒い染みのように色を変えた。
土の匂いがする。ひんやりと温い土の感触。
水気を含んだ土の中は仄暗い。
僕は、そこに誰がいるのかわかっていた。
長い黒髪に青白い中高な顔。閉じられた瞼、血の気の失せた唇。
その表情は静寂そのもので、まるで眠っているようだった。起こし
たい衝動にかられるが、彼が永久の眠りについていることを僕は
知っている。
彼は僕の愛しい人だ。
これは夢だ。土に埋まっているものが見えているのだから。
わかっている。
それでも、掘り返したい。道具などいらない。泥にまみれ、爪がとれ
血だらけになっても彼をもう一度僕の胸に抱きたい。
静かに眠らせておいたりなどするものか。
狂おしい衝動のままに足下の緑を毟りとろうと這い蹲った時、彼の
傍に横たわる男に気づいた。いや、最初から気づいていたが、見
ないふりをしていただけだ。僕とよく似た男だが、僕ではない。
男は僕ではないが、僕はその男でもある。
彼にとって、僕はその男だからだ。
男は既に半ば土に還っていた。手も足も、胴体の一部ですらもう
形をとどめてはいなかった。それでも僕と同じ顔はまだそのままの
形で残っていた。
そうはいっても、もっと時が経てば、その顔も土に溶けてしまうに
違いない。それは、隣でただ眠っているように見える彼も同じだ。
長い時間の果てには、身体も、顔も僕が愛しいと思っている全て
が土に還る。個々の形を無くした時、その時やっと彼らは一つに
なるのだろう。彼らを分け隔てるものは何もなくなる。
そして、僕は一人取り残されるのだ。
彼のいない世界に。



「…ジェームズ?大丈夫か、ずいぶんと魘されていた」

心配そうに覗きこむ彼の顔がぼんやりと見えた。眼鏡をかけて
いないと極端に視界が悪い。ベッドサイドに置いてあった眼鏡を
かけて、時計を見るとまだ真夜中だった。

「ごめん、起こしてしまって。ちょっと仕事が忙しかったから変な
夢を見てしまったよ」

「そうか」

と言って、彼は頷いた。夢と同じ黒髪に中高な彼の顔。しかし、
夢の中では長かった髪は最近切ってかなり短くなっていた。
似合うからと僕が勧めたのだが、彼は手入れが楽になったと喜
んでいる。夢の中の彼との相違点に安堵に似た溜息が出た。
永遠に見ることはないと絶望した黒い瞳が、僕を見つめている。
彼の薄い身体を抱きしめると、ほっそりとした腕が僕の背中に
まわされた。そして、優しくぽんぽんと叩かれた。

「もう少しだけ、このままでいて」

彼の華奢な肩に顔を埋めながら頼んだ。

(2011.10.15)
 
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