絶望

 地下へと続く石の階段を降りきると頑丈な扉が立ち塞がっている。
僕の願いを跳ねつける邪魔な扉だ。部屋の中に入れてもらいたい。
そうすれば二人だけになれる。ありのままの自分を受け入れてくれる
唯一の人と過ごせる場所。扉を叩いたが返事はない。それでも扉を叩
き続けずにはいられない。

 授業の後で呼び止められた。僕が彼に個別に呼ばれての叱責や
罰則は特に珍しいことではない。同じ寮の者に同情され、対立して
いる寮の者から揶揄されるのもいつもの事だ。対立している寮の寮
監に呼び出しを受けたのだから、内容も察しがつくというものだ。
教室から最後の生徒が出ていくと、奥の教師用の控え室に入った。
あまり例のないことだが今年から担当科目が変わったために、まだ
必要最低限の設えしかない殺風景な部屋だ。まだ荷物を移動させて
いないというより、ここに落ち着くつもりがないような印象を受ける。
正面の机の奥の椅子に座る喪に服しているかのような黒衣に身を
包んだこの部屋の主が、同じく漆黒の眸で僕を見つめた。

「ポッター、罰則は終了する。もう私の部屋に来なくていい。話はそれ
だけだから退室してよろしい」

 淡々と無味乾燥な口調で告げられた。覚悟していたはずの事だが、
やはり殴られたような衝撃を受けた。こんな風に冷静に切り捨てられ
るとは思わなかった。「罰則」という名の密会が始まってから、長い月
日が経っている。いや、短い時間だったのかもしれない。しかし、数え
切れないほど身体を合わせた。生まれて初めて溺れた肉の喜びは
執着だけでなく、いつしか精神を慰めあう縁へと変わりはじめていた。

「どうして、急に」

 声が震えた。目の前の男を翻意させるには、同じく冷静であらねば
ならないと頭ではわかっているのに、動揺している心のままの声が
出てしまった。いつか別れの日が訪れる予感はあった。それは秘密
裏に行われるはずだった。こっそりと自分は闇に捨てられるのだと思
っていた。こんな風に堂々と宣告されるとは思っていなかった。

「私もいろいろと忙しくなった。子どもの相手はもうたくさんだ」

 口元を自嘲の微笑みで歪めて言い放つと、出ていくようにドアを手
で指し示す。手負いの獣が反撃に出るのに似た衝動で目の前の男
に向かって大きく足を踏み出すと、向こうが立ち上がった時にはその
手首を掴んでいた。荒々しく口づけると、顔や腹を思い切り殴られ抵
抗されたが、かまわずに唇を吸い舌を絡めた。息をつく間を与えず
口づけているうちに抵抗を止めるのが常なのに、いつまでも逃げようと
するのが悲しくて唇を強引に吸いつづけた。自分か彼のものかわか
らないが血の味が口の中に広がったが、そのどちらのものともしれ
ない唾液を飲みながら細い身体を折らんばかりに抱き締める。なおも
抵抗する身体からローブを剥いで床に落とした。一切の抵抗を封じ
てベルトを外し、ズボンを下着ごと膝まで下ろすと壁に細い身体を
押しつけた。華奢な臀部を乱暴に揉むと露わにされている蕾に中指
の先をぐっとめり込ませた。くぐもった呻き声が漏れる。湿った粘膜
を慣らしながら少しずつ指を埋めていく。ゆっくりと奥まで飲ませて
から一気に引き抜くと、堪えきれずに短い悲鳴があがった。息つく
間もなく指をまた中に差し入れる。湿った襞は嬲るような抜き差しに
も敏感に反応して熱くうねり指を締め付けた。捏ねあげるように解し
てから、自分の前を肌蹴てすでに猛っている自身を取り出し花開き
かけている蕾に押し当てた。腰を突き出す体勢をとらせて狭い道を
自身で押し広げながら奥まで入れて繋がる。律動を始めると肉と肉
がぶつかり合う音が響く。彼が最も感じるところを責めると締め付け
が強くなり、与えられる快感に呼吸が荒くなる。隣の教室に誰かが
入ってこないとも限らない。その事を気にしているだろう彼が喘ぎ声を
押し殺して堪えているのが痛々しくも劣情を誘う。

「僕は誰かに見つかってもかまわないよ」

 そう耳元で囁くと、愚か者めと呟かれた。夢中になって腰を振りたて
て最奥に白濁を出すと、彼も僕の手の中で果てた。お互いに荒い呼吸
が整わない中、黒髪に顔を埋めて白く細い首筋に擦りつけた。軽く汗
ばんだ皮膚の匂いが愛しくて堪らない。

「本当におまえは幼いのだな」

 僕を慰めるように穏やかな声がして、しがみつくように細い腰を抱き
締める僕の手に冷たい手が重ねられた。そのままの姿勢でお互い
身動きしないでいた。時が止まってしまったかのような長い沈黙の
後、彼は静かに僕の抱擁を解くと身支度を整えて部屋から出ていっ
た。一度も振り返ることなく、情事の名残を微塵も見せない毅然とし
た背中だった。僕には引き留める術がなかった。
 呆気なく二人の関係が終わったことが未だに信じられない。しかし、
僕と彼の特別な時間はあの時以来消えてしまった。時間を戻してやり
直したい。いや、二人きりでいるところで時間を止めてしまいたい。
それが叶わないことに耐えられない。今夜も寮を抜け出し、彼の部屋
に向かう。階段下の地下室は嘗て秘密の楽園だった。扉を力一杯叩
く。拳が傷ついて血が扉を汚したが、痛みは感じない。この胸の苦し
みとは較べようもない。僕が閉め出された理由など知りたくはない。
離れがたい相手を隔てる扉が憎い。魔法を使って蹴破ることも考えた
が、それでは意味がない。彼に受け入れてもらうことが僕の望みなの
だ。しかし、為す術はなくただ扉を叩き続けている。

(2012.7.9)

inserted by FC2 system