Fortune Cookie

 夜の街は、まだそれほど遅い時間ではないこともあってかなり賑わっ
ていた。雑踏に魔法使いが二人紛れ込んでいても誰にも気づかれる
ことはない。ハリーは黒いPコートに赤いマフラーをつけており、セブル
スは地味なトレンチコートを着ている。どこかの大学教授と院生に見え
ないこともないだろう。

「美味しかったね」

ハリーが隣を歩くセブルスに声をかけると、

「あぁ、そうだな」

と短い答えが返ってきた。

「今度は飲茶に行ってみようよ」

と誘ってみると、

「そうしてもいい」

と素っ気ない返事が返ってきたが、長年の付き合いでハリーはセブル
スがかなり乗り気だと察した。

「フカヒレのスープとか、北京ダックとかチャイニーズって美味しいん
だね。鮑の炒め物もすごい美味しかったな」

 紹興酒を飲んだので少し赤い顔をしたハリーは、続けて中華料理の
感想を話した。セブルスはいつもと同じ顔色だったが同意するように
時々ハリーの方を見た。
 この週末は久しぶりに外で食事することにしたのだが、ハリーがチャ
イニーズレストランに行ってみたいと言って店を予約したのだった。
ハリーは年が若いということもあるが、わりと新しいものを試すのが好
きだ。セブルスは腹が満たせれば食に拘りはないと公言しているし、
自分で作らない時もデリバリーかテイクアウトで家で食事をする方が
気楽だと思っている節がありありと伺えるのだが、連れ出すとそれなり
に楽しんでいなくもない雰囲気なので、ハリーは定期的に新しい店を
開拓することにしている。
 今夜の店は、料理も美味しくサービスも行き届いていたし、異国情緒
の物珍しさも加味されて二人ともとても気に入ったのだった。
ハリーは二人で三人分の注文をして、一人で二人前以上食べていた。
ハリーは、セブルスのきれいな箸の使い方に初めてなのにやはり器用
なんだなと見惚れてしまい、

「何か間違っているか?」

と眉間に縦皺を寄せて聞かれて、慌てて否定したのだった。ついでにい
えば、最近セブルスはメニューを見る時に眼鏡をかけるようになったの
だが、ハリーはその様子をとてもセクシーで可愛いと思っている。しかし
本人に言えば不気味がるか、怒り出すに決まっているのでこっそり眺め
て楽しんでいるのだ。

「あのマッシュルームの肉詰めの煮たやつとか、うちで作れないか
な」

「やめておけ。おそらくあれは見た目よりも複雑な工程で調理され
ている。似ても似つかぬ物ができあがるに違いない」

「中国四千年の神秘だね」

などと適当な事を言うハリーにセブルスは苦笑したが、のんびりとした
空気が漂っている。ゆっくりした足取りで、何でもないことを話す。それ
は、この何年かで二人がたどり着いた現在の関係を表していた。
ハリーがチャイニーズの食材を扱う店で、先程飲んだジャスミンティー
が欲しいと言いだして何種類か買ったが、絶対に家に帰ると同時に忘
れてしまい、セブルスが茶を煎れることになるのだ。そうなると専用のポ
ットがいるのではないかとセブルスは考えたが、上手い煎れ方をいろい
ろ試してみるにはガラスのビーカーが最適だと購入を思い止めた。
ハリーはふと思い出してPコートのポケットを探って、先程のレストランで
もらった小さなお菓子の包みを取り出すと包装紙を破り、口に放り込ん
だ。半月が真ん中で折れている変わった形のクッキーだ。
たしかフォーチュン・クッキーという名前だと店のウエイトレスが言って
いた。

「あれ、何これ」

音を立てて噛み砕いていたハリーが顔を顰めた。口に指を入れたので、

「行儀が悪いぞ」

とセブルスが注意したが、ハリーが口から摘みだした紙切れは半分し
かなく、残りは喉を通ってしまったらしかった。

「セブルスも食べてみてよ」

ポケットからもうひとつクッキーを取り出し、包装紙を破って差し出
してくる。セブルスは慎重に半分に割って、紙を取り出した。

“You and your wife will be happy in your life”

沈黙するセブルスにハリーは、

「へぇ、僕たちいい感じじゃない!」

とはしゃいだ声を上げた。

「誰がワイフだ!」

「もちろん僕ですよ、だんな様」

澄ました顔で顔で不真面目な事を言う男の口に、クッキーを押し込
むと、パリパリといい音を立てて食べてくれた。

(2011.11.2)

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