constellation

 
 寮の談話室を通って自室へ戻る途中、レギュラス・ブラックに声をかけ
られた。レギュラスは純血の名家の中でもその筆頭といえるブラック家
の次男だが、変人の長男がグリフィンドールなぞに入寮するという醜聞を
おこした為、スリザリンにおいてはブラック家の実質上の後継者と見られ
ている。レギュラスが入学した当初は特に交流がなかったが、兄たちと
私の争いを目撃したレギュラスが止めに入った事がきっかけとなって、
徐々に親しく会話する仲になっていた。
私の方が年長とはいえ、向こうは純血の象徴といえる名門の出、こちら
はスリザリンでややもすれば蔑視されがちな半純血の身の上だったが、
レギュラスは純血至上主義のヴォルデモード卿の信奉者だったにも関わ
らず、私に対しては控えめだったがいつでも礼儀正しく親切だった。
いつでも気づけば傍にいて、さりげなく「ミスター・スネイプ」と声をかけて
くる。ちょうど今のように。

「今年のクリスマス休暇もホグワーツに残られるのですか?
それでしたらうちへいらっしゃいませんか。兄はポッター家で過ごすとの
ことで家には戻りません」

 レギュラスは事の詳細を明らかにはしなかったが、シリウスはブラック
家を出奔し、親友のジェームズ・ポッターの家に転がり込んでいた。
シリウスの数々の反抗に散々手を焼いていた貴族意識の高い母親は
憤怒のあまり、タペストリーに描かれた家系図のシリウスの名を焼き
消してしまったらしい。正式に廃嫡されるのも時間の問題だろう。
招待を受けさせてもらうと答えると、レギュラスの顔に一瞬思いがけない
とでもいうような驚きの表情が浮かんだが、すぐにそれを消すように微笑
みながら頷いた。レギュラスは私が断ると思っていたのだろうか。

「それでは終業式の後はご一緒に。キングスクロス駅に家の者が出迎
えに参ります」

「フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で見たい本があるので少し寄って
もいいか」

と尋ねると、

「勿論構いませんよ。僕も取り寄せていた本があるので店で受け取る
ことにします。家に届けさせるつもりでしたが、その方が早い」

という返事が返ってきた。この会話で、終業式の日にトランクをさげて
寮の談話室に行けば、必ずレギュラスが待っているのだった。

 私はあの騒々しいグリフィンドールの面々と入学当初からよく衝突して
いた。教育を受ける機会に感謝することなど思いついたこともなさそうな
甘やかされて生意気な害虫どもは自分がアズカバン送りにならなければ
抹殺してやりたかったくらいで、特にシリウス・ブラックとはお互い怪我を
負わせるのも珍しくない間柄だった。
 4年生になってしばらく経った頃だったが、私は不覚にも中庭での諍い
でシリウスの呪いを避け損ねて出血多量で医務室送りになった。すぐ
さま止血と増血の措置がとられたが、さすがに身体の血の半分を一度
に失ったので身体を動かすこともできずに半ば死んだように眠り込んで
いた。薬が効いて身体が回復してきたからだろうか、夜中にふと目が覚
めた。誰かが私の側で泣いていた。私を叩きのめした元凶シリウス・ブラ
ックだった。

「何で避けなかったんだよ…」

加害者が、私を詰った。

「止めを刺しにきたのか」

と皮肉を言えば、いっそう涙をあふれさせて私を見つめた。
シリウスは灰色の目をしているが、涙の加減かほとんど黒に見えるほど
濃い灰色のようにも、銀色に澄んだ輝きを放っているようにも見えることに
私は唐突に気づいた。

「お前の目、真っ黒なんだな。何だか吸い込まれそうだ」

シリウスが私の目の色の印象を呟いたのではっと我に返ったが、私たちは
見つめあっていた。それと気づいたシリウスも目を逸らした。それから、お
互い目を合わせないままぽつりぽつりと話し合った。
シリウスも私の呪いが直撃した頭部が二倍に膨張し、医務室で治療を受けていた。私は失神していたので知らなかったが、結構な騒ぎになってしまっていたらしい。
本来なら、両者ともに停学相当の処分だったはずだったが、ダンブルドア
が私たちの身柄を引き受けてくれたこと。私たちの怪我が治ったら、校長
室に一緒に出向くことになっていること。毎日のように激しく争っていなが
ら、私たちは初めて二人きりで話していた。

「死んでしまうのかとおもった…」

その方が良かったのではないかと言おうとして、シリウスが余りにも深刻
な表情をしているのに気づいて、言葉がでなくなった。

「お前の頭が二倍になったところを見たかった」

自分でやっておいて何を言っているのだという台詞だがシリウスは
結構効いたぜ、医務室の先生も元に戻すのに手こずってたし、あそこに
ある鏡に俺の顔が入りきっていなかったよなどと真面目に答えた。
思わずそれは面白そうだから是非とも見たかったと返してしまい、今度
こそシリウスは怒りだすだろうと思った。しかしシリウスは、涙目で笑っ
たので困惑した。お前の方がよっぽどスニベリー(泣き虫)ではないかと
言ってやりたかったが、何故か私も不器用に笑い返していた。
 保健医から両名の怪我が治った報告を受けたダンブルドアから校長
室へ呼び出されたが、「喧嘩はいいが、暴力はいけない」と注意された
だけだった。そして、机上の大きなガラス瓶から、無造作に一掴みずつ
キャンディーを与えられてから、シリウスの曾祖父にあたる肖像画の校
長がシリウスの不行状をキーキーと扉が軋むような声で叱責してくるの
を背に退室した。もっと長い時間校長に訓戒されるものと思っていた。
スリザリン寮とグリフィンドール寮双方の仲間もそう思っている筈だ。
シリウスが私の手を取って、人気のない通路に向かった。二人とも考え
ていることは同じだった。
 私たちが秘密で二人きりで会うようになってから、身体を触れ合わせる
ようになるまでそれほど時間はかからなかった。
それまで毎日のように対決し、傷つけあう日常だったというのに、いざ
向かい合ってみると困惑した。それでいて触れずにはいられないのだっ
た。
シリウスは、私のことをよく壊してしまいそうだと言って恐々腕の中で
そっと抱きしめた。私は弱者扱いされるのが大嫌いだったのに、黙って
シリウスの胸に身体を預けていた。大丈夫だとシリウスの背中に回した
腕にそっと力をこめると、シリウスはほっとしたように私の身体をいっそう
引き寄せた。
私は二人の関係はそのうち、それもそう遠くはないうちに終わるだろうと
思っていた。ホグワーツという場所は桟橋にいるようなもので、いずれは
海にでてしまう。広大な海では、私たちの棲む場所は違うのだ。私とシリ
ウスは同じ場所では生きていけないのだ。
諦念はむしろ安心をもたらした。決してうまくいくことがないという悲観
的な予想は、シリウス・ブラックの魅力を肯定し、二人で過ごせる時間を
いっそう貴重にした。

 シリウスは知れば知るほど変わった男だった。もしシリウスが両親の
純血至上思想に反抗しなければ、両親は彼を大層自慢に思ったに違い
ない。
ブラック家特有の美貌に、並外れた才能。かの名門の家でも数世代に
一人しか生まれてこないだろう完璧な純血の資質。シリウスには輝かしい
未来が約束されているようにしか見えなかった。もしかするとシリウスが
グリフィンドールに入寮したことは一見、ブラック家への反逆に等しく思わ
れたが、もしかするとブラック一族に流れる血脈が、その脈々と受け継が
れてきた高貴さ故に淀み、いずれは腐臭を放つようになるか、細々と途
切れそうになる前にその血がシリウスを通して新しく生まれ変わるために
その後押しをしたのかもしれなかった。実際、本人も彼に反対する者も決
して認めないだろうが、今のスリザリンの中でも、シリウスほどヴォルデ
モートや他の純血主義者たちの掲げる純血の優位性を体現している者は
いなかった。弟のレギュラスですら及ばないことは実のところ明らかなこと
だった。
シリウスが殊更にグリフィンドールらしく振る舞い、もう一人の代表的な
グリフィンドール生であるジェームズ・ポッターとの友情に心酔し、実体
と影、双子のように密着しているのはそうありたいという切なる願望から
きているのではないか。そしてスリザリン及びブラック家を全否定するの
は、自分がその資質を備えているからではないのか。そもそもスリザリ
ン的なものを持ち合わせていなければ、あそこまで否定する謂われもまた
ないはずだった。



 
inserted by FC2 system