心のこもった贈り物

 
 ホグズミードにある菓子店ハニーデュークスはホグワーツの学生達で
ごった返していた。学生達が、天井まである棚に並べられた色とりどりの
魔法菓子の詰まった瓶の品定めをしている間を縫うようにして店員が商
品を次々に補充したり、注文をさばいている。入り口に一人のホグワーツ
の男子生徒が血相をかえて飛び込んできて、短く警告を発すると、学生
たちは潮を引くように出ていった。あっという間に閑散とした店内に店員
が呆然としていると、黒いマントに身を包んだ痩身の男が店に入ってき
た。マントと靴ばかりか、髪も目も漆黒で後ろから見たらまるで影のよう
な人物だ。黒い切れ長な眸が、カラフルな色と甘い匂いに満ちている店
内を冷然と睨みながら真っ直ぐにレジに直行し、紙切れを店員に渡し
た。

「ここに書いてあるものを用意してほしい」

 紙には見事な筆跡で、レモンシャーベット、爆発ボンボン、ハエ型ヌガ
ー、蛙ミントなどハニーデュークスの人気商品のリストが書かれてあっ
た。

「あっ、ダンブルドア校長のご注文ですね!」

 お得意客のダンブルドアからの注文だとわかり、笑顔で客に話しかけ
た店員は、頷いた客がホグワーツの魔法薬学教授だと気づいた。まだ
とても若いのに厳格なことで有名で、この店にやってくるホグワーツの
学生たちがよく悪口を話している。道理で店から学生たちが消えた筈
だ。早く、スネイプ教授に帰ってもらわなければ今日の売り上げに差し
障りが出そうだ。そんな危機感を持った店員が急いで商品を取って
くる間、つまらなそうに周囲を見渡していたスネイプ教授の視線が平積
の棚の一角に止まった。ダンブルドアの注文した品を抱えて戻って
きた店員が袋に商品を詰めていると、スネイプ教授が、

「これは別にしてくれないか」

と、ある瓶詰めを差し出した。意外な申し出に店員は目を見張りかけた
が表情には出さずに、瓶詰めを小さな袋に入れた。精算を済ませると
商品の入った紙袋をマントの中に入れて、教授は踵を返し素早く店を
出ていったが、低い声で、

「菓子屋なぞ行かなくても、学生のことはわかるというのに…。まったく
ダンブルドアにも困ったものだ…」

と、呟く声が店員の耳にはっきり聞こえた。教授が去ってから30分
ほど経過してやっと客足が戻って混雑する店内を慌ただしく駆け回り
ながら、愚痴を言いながらも自分用にあんなものを購入していくなん
て、案外ユーモアがある人なのではないかと店員は可笑しく思ったの
だった。



 セブルス・スネイプ教授が予約された時刻に扉の前に立つと同時に、
扉が開かれた。

「お誕生日おめでとう、セブルス!」

 声を揃えて祝いの言葉をかけられて、セブルス・スネイプ教授は眩し
そうに目を眇めた。主役として扱われることが面映ゆいのだ。一方、
お祝い事の好きなグリフィンドールの面々、ポッター夫妻に、シリウ
ス、リーマス、ピーターは主役の困惑を気にすることなく既に楽しげ
に盛り上がっていた。家に招じ入れられたスネイプ教授は当たり障り
ない挨拶をしながら、そっと視線をさまよわせていたが、突然、弾丸
のように黒いものが目の前に飛び出してきて急停止した。

「わがはい!おたんじょうびおめでとー!」

 いつもなら真っ先にスネイプ教授に飛びついてくるはずの小さな
ハリーが大声でスネイプ教授にお祝いの言葉を叫んだ。慌てて飛び
出してきたために、息を弾ませて頬は真っ赤だ。スネイプ教授の
漆黒の切れ長な眸とハリーのエメラルドグリーンのまるい眸が親し
く見合わされた。

「今年はハリーからセブにプレゼントがあるのよね?」

 リリーが面白そうな口調で言い出したので、予定が狂ったハリーが
母親をきっと睨んだ。しかし、すぐに気を取り直すと、スネイプ教授を
上目遣いに見上げて自分の部屋についてきてくれるように頼んだ。
ハリーが先に立ってとことこ階段を上っていく後ろをスネイプ教授が
続く。ハリーの部屋の子供サイズの寝台の上でポッター家の猫が寝
そべって、前足でリボンがかけられた包みを突っついて遊んでいた。

「あっ、ジョー、ダメだって!」

 ハリーが猫から包みを取り上げて、包みが破れていないか調べた。
無事だとわかると、くるりとスネイプ教授の方に向いて包みを差し出
した。

「これ、ぼくからのプレゼントだよ!」

 まるい顔が期待と照れくささで輝いている。スネイプ教授はてっきり
ハリーが描いたクレヨン画だろうと思っていたので、ずっしりした包みを
渡されて驚いた。リリーと一緒に菓子でも作ってくれたのだろうか。
愛らしいグリーンアイが開けてみろと訴えてきたので、スネイプ教授は
器用にリボンを解いて、包みを開けた。ハリーはいつものように器用な
スネイプ教授の手の動きに見惚れた。

「これは…」

 言葉をなくしたスネイプ教授に、ハリーはうふふと笑いかけた。

「おくすりつくるのにつかってねっ!ぼく、にわであつめたんだよ!」

 ハリーは長い時間をかけて捕獲してきたゴキブリのオイル漬けの瓶
をやっとスネイプ教授に贈ることができて大満足だった。ハリーは常々
スネイプ教授の仕事に関心を示していて、何か手伝いが出来たらいい
なと思っていた。庭にゴキブリが生息していると知ってから、苦労して
こつこつと集めてきたのだ。以前、ハリーは教授の研究室でゴキブリの
瓶詰めを見たことがあったので、薬品の材料になると知っていたのだ
った。

「これを、ハリーが集めてくれたのか」

 よく見ると魔法で大きくしたジャムの空き瓶にぎっしりゴキブリが詰
められている。

「うん。なつはしょっちゅうつかまえられたんだけど、ふゆはなかなかい
なくてね。あれ、あったかいところがすきなんだね」

 ハリーがどうやってゴキブリを捕獲してきたか詳しく説明すると、スネ
イプ教授は真面目な表情で聞いていた。スネイプ教授が難しい顔をし
ているので、ハリーは心配になった。

「わがはい、やっぱりつまらなかった?クリスマスにサンタさんがくれ
たプレゼントもつけようか?ぼく、わがはいにならぜんぶあげるよ」

 気前のよい提案に、スネイプ教授は慌てて首を横に振った。

「そうではないのだ、ハリー。そうではない。嬉しくて吃驚したのだ。
これだけの量を集めるのはとても大変だっただろう。ハリー、あり
がとう」

 ハリーのぽっちゃりした小さな手をとって労いと礼の言葉をかける。
ハリーの話によれば、素手でゴキブリを一匹ずつ捕らえていたらし
い。なんという運動神経と忍耐力だ。

「よかった!ぼく、これからもごきぶりあつめるからまかせといて!」

 笑顔で更なるゴキブリ捕獲を請合うハリーにスネイプ教授は
優しく微笑んだ。

「ハリー、これは大事に使わせてもらう」

 てらてら黒光りしているゴキブリのオイル漬けの瓶を大切そうに
マントのポケットに仕舞ったスネイプ教授が、今度はハリーに小さ
な包みを渡した。

「お返しといってはなんだが…」

 なあに?と好奇心に満ちた表情でハリーが包みを開ける。きゃあと
可愛い悲鳴が上がるが、まる顔は満面の笑顔だ。

「これ、たべていい?」

「こういうものが好きではないかと思ってね。夕食前だから一匹に
しておきなさい」

「はぁい。わがはいもたべなよ!」

 もみじのような手がおぞましい昆虫をつかんで、教授に渡した。
自分も一匹パクッと口に放り込む。教授も少しずつかじった。見た目
と違って味は美味しい。実は、優れた開心術士であるスネイプ教授
は最近、ハリーに会う度に、自分を見つめるつぶらな瞳から発せら
れるゴキブリのイメージが鮮明になっていくことを憂慮していた。
教授は幼なじみの一人息子に手放しの好意を寄せられていること
にひそかに喜びを感じていたので、内心では疎まれているのかも
しれないと思うと衝撃を覚えずにはいられなかった。ダンブルドアに
用事を頼まれて行く羽目になったホグズミードの菓子店でこのゴキ
ブリを模した菓子を見つけて購入してしまったのも、これを冗談に
見せかけてハリーに渡して、反応を見てみようと考えたのだ。はた
して自分に冗談に見せかけることができたかどうかは不明だが、
ハリーからこれほど心のこもった誕生日プレゼントをもらえるとは
想像もしていなかった。ハリーなりにこのことは自分に秘密にして
おいて驚かせたかったのだろう。こういうところは両親に似てグリ
フィンドールらしいような気がする。しかし、粘り強く着々と収集して
瓶詰めを完成させたところはスリザリンらしくもあるので、まだ望み
はある。そろそろ夕食にするから下に降りてこいと呼びにきたシリ
ウスが悲鳴を上げた。可愛いハリーの薔薇色の唇からゴキブリの
触覚が出ており、教授がゴキブリを齧っていたからだ。すぐに真相
が分かると、シリウスはほっとして笑った。ハリーも太陽のような
笑顔をしていたし、教授も自然に微笑みを浮かべた。誕生日が嬉し
いような年でもないが、こんな誕生日は悪くない。多分にペシミステ
ィックな性格をしている教授は、控え目に喜びを噛みしめた。


★あとがき★
 教授は瓶詰めの大量のゴキブリに、そんなにゴキブリに適した
環境なのかと内心狼狽しながらも、失礼なので沈黙していたのです
が、後からジェームズが「ポッター家の庭に結構な数のゴキブリが
生息していたのは、隣の家(マグルのお年寄り)の納屋に置いてあ
る肥料の袋が開けっ放しになっていてゴキブリの巣になっていた!」
ためと説明したので安堵。ハリーが、順調に捕獲してくるのに恐れ
をなしたジェームズが透明マントを被って追跡調査して判明しました。

(2013.1.9)

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