Merry X'mas

 
  手間のかかる魔法薬を完璧に仕上げてセブルス・スネイプは、微かに
溜息をついた。封をしたビーカーを手早く保温容器に入れる。これで数時
間は薬の薬効は保たれるはずだ。保温容器を携えて庭に出た。マグル
たちにはこの家は見えないように敷地全体に魔法をかけてある。近所の、
といっても今は廃れた住宅街の一角に魔法使いが住んでいることを知る
マグルはいない。ホグワーツからわざわざ帰宅して薬を調合したのは、
薬を必要としている者の都合を優先したからだ。セブルスが空を見上げ
ていると黒点が出現した。それはみるみるうちにその姿を明らかにしな
がら下降してくる。黒のレザースーツに身を包んだシリウスが運転する
オートバイにサイドカーがつけられていた。セブルスが目を凝らすとヘル
メットを被ったハリーが身を乗り出すようにしてミトンをはめた手を振って
いる。オートバイが着地するとすぐにハリーがサイドカーから飛び出てセ
ブルスのところに走ってきた。厚着させられているのでもこもこと動きに
くそうで転びそうになりながらもいつものようにセブルスにしがみついた。

「ハリー、どうして」

セブルスが珍しく驚いた声で尋ねた。薬を取りに来るのはシリウスだけ
だと聞いていたのだ。

「わがはい、クリスマスにうちにこないんでしょ」

ふっくらまるい頬を紅潮させたハリーがセブルスのローブに掴まったまま
話した。今年はクリスマス休暇にホグワーツに残る当番がセブルスに回
ってきたのだった。ハリーはディナーをホグワーツに届けたいと言ってみ
たが、両親もシリウスもリーマスもピーターまでホグワーツのハウスエル
フ達が腕を振るうクリスマスディナーの素晴らしさを瞳を輝かせて語って
きかせた。それなら皆でホグワーツにご馳走を食べに行けばいいのにと
ハリーは提案してみたのだが、ホグワーツに在学している者しか駄目だ
という事だった。それでは年内にセブルスに会うことはできないとハリー
は絶望したが、リリーがセブルスに手製の菓子を贈るというので、クッ
キーの型抜きを手伝ったりカードを描いたりした。それを梟に届けさせる
予定だったのだが、ちょうど満月期にさしかかったリーマスが食中毒にな
った。セブルスは大方金欠で拾い食いでもしたのだろうと思っていたのだ
が、シリウスが作ったミルクティーが原因だと言うことだった。リーマス
はセブルスが煎じる脱狼薬のおかげで満月期も狼化せずに済んでいる
がセブルスの元まで出向けなくなってしまったのだ。そこで責任を感じて
いるシリウスがセブルスから薬を受け取り、リーマスのアパートまでオー
トバイで届けることになったのだ。そこにハリーが便乗したというわけだっ
た。

「おとなはサンタクロースからプレゼントもらえないんだってね。だから
これもってきたの」

そう言いながらハリーはリュックからリリーを手伝って作ったクッキーや
ミンスパイの入った包みと封筒を取り出してきてセブルスに渡した。
早速セブルスがハリー手製のカードを開けて見ると、DEAR SEVER
US,HARRYとクレヨンで大きな字で書かれてある。

「もう字が書けるようになったのか!」

とセブルスが喜びに満ちた驚きの声を上げると

「なまえだけね」

と照れたようにハリーが答えた。ジェームズにお手本を書いてもらって
一生懸命写したのだがそのことは黙っていた。絵は牡鹿と牝鹿、黒犬
と狼、黒犬の耳のところについているグレーのまるいものはねずみだろ
う。黒くて長い髪に黒い服を着た男は自分を描いてくれたのだろう。よく
描けている。その横に描かれたくしゃくしゃの髪に眼鏡をかけて花を持っ
ている男はジェームズだろうか。二人の背丈は同じくらいだ。

「これはジェームズなのか?」
「ううん、ぼくだよ。目がみどりでしょ」

確かに緑色の目だ。それにしては眼鏡の男の背が高すぎるがハリーは
まだ子どもだから物の大小を描きわけることができないのだなとセブル
スは思った。ハリーのやわらかい頬に礼のキスをするとハリーもセブル
スの白い頬にキスしてきた。間近で緑色の瞳をきらきら輝かせてうふふ
と笑うハリーは本当に天使のような愛らしさだった。

「シリウスが薬を届けるあいだ、ここで待っていたらどうだ?空は寒かっ
ただろう。ハリーの好きなあたたかいココアを作ろう」

「だめだめ、リーマスにはやくおくすりとどけてあげなくちゃ!びょうきは
つらいもの」

いつもなら大喜びで頷きそうなセブルスの提案をあっさり断るとハリーは
またもたもたと歩きにくそうな足取りでサイドカーに戻った。セブルスが
脱狼薬が入った保温容器を渡すと膝に乗せてミトンを填めた両手を上に
のせてしっかりと抱えた。しきりに時間を気にしていたシリウスはセブル
スが薬のことで簡単な注意を与えると繰り返して確認してから、

「ハリー、しっかり持っておいてくれよ、頼んだぞ」

とハリーに声をかけた。“りょーかい!”と元気な声で返事が返ってくる。

「わがはい、またね。いちがつここのかのわがはいのおたんじょうびには
うちにきてね!まってるから!」

セブルスが勿論と答えるとハリーはにっこりと嬉しそうに笑った。
オートバイは爆音とともに浮き上がり、来たときと逆にあっと言う間に
上昇して空に消えた。
 引き止めるなどつまらない真似をした。幼いハリーに責任感の大切さを
教えられてしまったと少しの寂しさを胸にセブルスは室内に戻った。机の
上にカードとお菓子を飾るとそこだけ暖かな雰囲気になる。セブルスの
険しい表情が和らぎ、知らず微笑みが浮かんだ。
 その頃空のサイドカーの中でハリーはセブルスとの会話の余韻に浸っ
ていた。できればわがはいともっと一緒にいたかったが、いい子だと思
われたいのでぐっと我慢した。クリスマスに会えないのは今でも残念だ
が、新しい年が来るとすぐにわがはいの誕生日だ。自分の誕生日ほど
思い通りにならないのだが、わがはいに会えると思うと待ちきれないほど
ものすごく楽しみだ。大きな声でおめでとうと言おう。ううん、耳元でささ
やくのだ。わがはいはとても良い匂いがするのでできるだけくっつこ
う。空を疾走するオートバイにつけられたサイドカーの中でハリーは浮
き立つ思いを堪えきれずにいた。

【補足】
リーマスは風邪を引いている事にしようかなと思ったんですが、感染
するからハリーが一緒に行けないなと思って食中毒にしました。
毎年シリウスがハリーにサンタクロースへの手紙の代筆を申し出ている
エピソードとか、ハリーがジェームズに橇を引いてほしい(自分がサンタ
役でセブルスに見せる計画)と頼んで「鹿とトナカイは違う」と説教され
るエピソードとかも考えてみたんですが入りませんでした。

(2011.12.23)


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