Happy Birthday!

 
  ゴドリックの谷にあるポッター家では、何日も前から準備してきた一人
息子ハリーの誕生日を祝う用意ができていた。毎年、誕生日当日のディ
ナーは両親の古くからの友人のみが招待されることになっており、ハリー
はそれを当然のこととして育ってきた。
その数少ないゲストの、最後の一人を待っているのだった。
 父親ジェームズとその親友でハリーのゴッドファーザーでもあるシリウ
スが朝から家中を飾り付け、暖炉の前には色とりどりのリボンのついた
プレゼントが山と積まれてある。既に届いている誕生日カードの束は、マン
トルピースの上でそれぞれハッピー・バースディーと歌い、今の時間になっ
てもまだひっきりなしに居間の窓硝子を梟がコツコツ突っついては、カード
やプレゼントが届け続けている。母親のリリーはキッチンで料理が、段取り
よく、テーブルに出てくるように魔法をかけていた。
 今日の主役であるハリーは、ジェームズとシリウスが見守る中、おも
ちゃの箒に跨って居間をぶんぶん飛び回っていた。
しかし、猫のジョーが耳をピクピクさせたのを目敏く見つけると、くるりと
方向転換して一目散に玄関に向かった。

「わがはい!」

興奮して叫びながら、箒からぽんっと飛んで黒衣の胸に飛び込む。
黒服に身を包んでいるばかりか、髪も瞳も漆黒で全身黒づくめの痩身の
男は、ハリーを抱き止めると、おもちゃの箒を指先ひとつで奥に方向転換
させた。その後ろを床に下ろしたハリーと手を繋いで歩いた。
ハリーは、ほっそりと長い指にむっちりと短い指をぎゅっと絡め、鮮やか
な緑色をしたまんまるな瞳を輝かせて見上げては嬉しくて仕方なさそうに
飛び跳ねるように歩いた。父親譲りの癖っ毛も一緒に揺れている。

「セブルス、待ってたのよ。さぁ、始めましょ」

葡萄酒のような深みのある赤い豊かな髪を靡かせ、完璧なアーモンド型を
した緑色の瞳を輝かせたリリーが笑顔で扉を大きく開いて、セブルスを
迎えた。ハリーの母リリーと、遅れて到着したセブルスは幼馴染同士だった
ので、セブルスはこの母の方の友人だった。

「やぁ、セブルス」

セブルスの外出用ローブをジェームズが気軽に受け取った。ハリーと同じ
癖の強い髪を指で弄っていっそうくしゃくしゃにする学生時代の癖は健在
だが、明るい榛色の瞳は悪戯っぽさが影を潜め、落ち着いた大人の表情
で、親しい客人を居間に招き入れた。

「遅かったじゃねぇか」

食前酒を作りながら悪態をつくシリウスに、セブルスは

「すまない、出発前に梟便が届いたのだ。至急返事を要するものだった
から遅くなってしまった」

と遅刻の理由を説明して謝った。

「ぼく、わがはいの横!」

ハリーはきっぱりと宣言した。誕生日に限らず、セブルスの横に座るか
向かいに座るかでいつもハリーは大騒ぎするのだが、今日は横に座る
ことにしたらしかった。シリウスは面白くなさそうな表情だったが、向か
いのハリーと目が合うと、ハンサムな顔を崩してハリーに笑いかけた。
いつもなら、父の友人であるリーマスとピーターも出席するのだが、
リーマスは病気、ピーターは仕事で海外に出張中で今夜は欠席して
いた。二人には日を改めて、マグルの遊園地に連れていってもらうこと
になっているし、プレゼントとカードはきちんと届けられてあった。

「おまえ、リーマスの脱狼薬の煎じ方、間違えてるんじゃないか。毎月
寝込んでちゃ意味ないだろ。あいつも今夜は来たかっただろうに」

「素人はこれだから困る。脱狼薬はその名の通り満月期に狼化させ
ない薬なのだ。我が輩の調合は完璧だ。残念なことだが、トリカブト系
の薬には副作用がつきものだ」

 シリウスとセブルスの口喧嘩はいつものことで、リリーもジェームズも
呆れながらも学生時代に戻ったような気になった。
話題をかえるためにジェームズが、ピーターが起業したハムスターの
回し車の開発・販売事業で成功し、マグルの世界にも販売を拡大する
ことになったので、魔法省との法律的な折衝や、マグル向けに商品を
改良するので目が回るほど忙しくなっている話をしたので、ピーターの
事業の輸出部門の先行きについて純血のジェームズとシリウス、マグ
ル出身のリリーとセブルスに分かれて、意見交換がなされた。
ハリーはハムスターを飼いたがっているのだが、ポッター家には猫が
先住しているので、餌になるのがオチだろうと大人たちは考えていた。


「セブルス、このローストビーフはどうだい?僕が焼いたんだ。ソースに
ちょっと工夫してみたんだよ。リリーがケーキを焼くから、僕も何かしたく
てね」

ジェームズとシリウスが話題の主導権をとりがちだったが、ジェーム
ズはさりげなく無口なセブルスに話しかけた。学生時代の対立が嘘の
ように、ジェームズは一人だけスリザリン出身のセブルスを気遣った。

「うむ、結構な味だ」

セブルスは、端的に答えて真面目な表情で肉を口に運んだ。
大好物のチーズアンドマカロニを食べて口の周りをべたべたにした
ハリーが、

「おたんじょうびプレゼント、あとであけるのてつだってねっ!」

と、隣のセブルスを見上げながら弾んだ声で頼んだ。
ハリーがセブルスに対して子どもらしい率直さで懐いていることにゴッ
ドファーザーであるシリウスは苦々しい顔を隠さなかったが、止め立て
することもなかった。セブルスはいつものように落ち着いた様子で
ハリーに接している。

 毎年のことなのだが今年もケーキを一つに選べなかったからという
理由で、チョコレートと、カスタードと、ドライフルーツがたっぷり入っ
たリリー特製の大きな3つのケーキが登場し、ハリーは蝋燭を全部
消すのに息切れをおこしたが、去年まではジェームズとシリウスに
手伝ってもらっていたので、大人たちはハリーのこの一年の成長を
実感したのだった。

「お誕生日、おめでとう!ハリー!」

大人たちは声を揃えて、ハリーの誕生日を祝福した。それぞれ杖を
頭上で振ると、大量の花びらやキャンディーが降りそそぎ、花火が
部屋を彩ったのだった。
ハリーは覚えていないが、ハリーが一歳の頃にこのゴドリックの谷に
ポッター家が居を構えてから、毎年行われてきた。
来年は、リーマスとピーターも出席して、今年より大掛かりにハリー
の誕生日を祝うことになるだろう。

 プレゼントの山をすべて開けるのはもっと大変だった。ハリーがびり
びりと包み紙を破って中を見ては歓声をあげたり、感想を大声で話す
のにセブルスはいちいち丁寧に相槌をうちながら、リボンを解いてやった
り、プレゼントをきちんと並べ直したりして約束通り助手をつとめるのも
毎年のことだった。
 シリウスからは、ハリーの年齢分の5個もあった。シリウスは、ハリーが
誕生してゴッドファーザーになって以来、ハリーに何かプレゼントできる
機会を決して逃さず、それも年々大掛かりになっていく傾向にあった。
今年はマグルの百貨店にも進出したらしく、補助輪つきの自転車やゲーム
機もあった。ハリーはマグルの従兄弟に自慢できるだろう。
シリウスは歓声を上げるハリーを抱き上げると、空中で高い高いをして
いっそう喜ばせた。ハリーを前にすると、いつでも親馬鹿丸出しになるので
ハンサムが台無しだが、本人はお構いなしだった。
 ジェームズとリリーからは洋服で、一番最後にセブルスがハリーの
ぽちゃぽちゃした手のひらに小さな包みをのせた。

「わぁ!、なぁに?」

ハリーが苦労して開けた小さな包みの中身は、一見すると香水の小瓶
のようだった。金色の液体が煌いている。幸運の薬フェリックス・フェリ
シスだ。

「それが必要になる日が来たら使いなさい」

貴重な魔法薬が5歳児へのプレゼントとして適切だとはいえないが、
ハリーは大喜びだった。
リリーはあきれた顔でセブルスを見たが、セブルスは涼しい顔をして
いた。ジェームズは、セブルスに作り方について二、三質問した後、
なぜかハリーの髪をくしゃくしゃにしていやがられ、シリウスは、その手が
あったかという表情をしていた。
ハリーはセブルスに薬の薬効を説明してもらってから、灯りに翳しては
煌めきを楽しんだり、じっと穴のあくほど小瓶を眺めてから大事そうに
ズボンのポケットにしまった。
セブルスが遅刻したのは、この薬の調合の仕上げに手間取ったからに
違いなかった。




「ジェームズとシリウスは、大はしゃぎでバイクでマグルのロンドンに
出かけちゃったわ。去年みたいに逮捕されなきゃいいけど。捕まえてみれ
ば身内のアウラーだったなんて魔法省も嫌でしょうね。セブ、ハリーが
眠ったらキッチンに来て。一緒に珈琲でも飲みましょう」

セブルスと一緒にベッドに行くのだと言ってきかない薄情な息子に
おやすみのキスをしてから、階段を下りていった。

「どうしたのだ、ハリー」

 スニッチ模様のパジャマに着替えたハリーにセブルスが静かに
尋ねた。一日中はしゃいでいたハリーだが、時々、心配そうな目で周囲を
見渡していたことにセブルスは気づいていた。
ハリーは生まれてから一度もセブルスに隠し事ができたことがない。
大抵はつまらない悪戯だったが、どんなに隠しても何でもお見通しなの
だった。ハリーは困った顔をしていたが、セブルスの膝に乗ると体をくっ
つけてきた。子どもの高い体温を大人の腕が包み込んだ。

「あのね、パパもママもいなかったの…。チリウシュも。リーマシュも
ピーターも…わがはいもだれもいなかったの。…チュニーおばさんの家の
かいだんの下のものおきがぼくのおへやで、みんながぼくにいじわるする
の。だれもおたんじょうびおめでとうっていってくれないの」

ハリーの大きな美しい緑の瞳は涙でいっぱいだった。セブルスは大人に
なれば失われてしまうことが多い幼子の超越的な直観を軽くあしらうことは
なかった。

「それは、おこらなかったことだ。夢みたいなものだ。ハリー、安心しなさい」

「ほんとに?」

「本当だ。我が輩…、いや皆が間違えなかったからそれはおこらなかった。
だから安心して、もうおやすみ」

そういうとセブルスは、ふっくらとまるみを帯びたハリーの頬に、優しくおや
すみのキスをした。ハリーは、セブルスに密着した時に鼻をくすぐる彼の
香りが大好きだった。
セブルスは、魔法薬学の教師なので煎じた薬草の匂いが髪や服、指先に
染み込んでいる。シリウスは、病院くさいなどと悪態をつくが、ハリーは
その香りをかぐといつも安心した。胸一杯に吸い込むと、まるでセブルスが
ハリーの中にいるような懐かしい気持ちになる。
手首に輪が入ったむっちりとした両手で、セブルスの首にかじりつくと、
セブルスはしっかりとハリーを抱きしめてくれた。
ハリーもセブルスの頬にキスしてからいつものようににっこり笑った。
セブルスは、ベッドに入るとすぐに眠りについたハリーのふわふわした
癖っ毛を撫でた。
 そうだ、自分は間違えなかった。いや、間違えかけたが後戻りできた
のだ。そのことを思うたび、セブルスは神に深い感謝を捧げずにはいられ
なかった。
いつか、その事をハリーに話さなければならない日が来るだろうか。
それは、実はハリーの誕生日を両親の友人達で祝う理由でもある。
皆で力を合わせて、家族を守ったことがあったのだ。
セブルスは、幼馴染のハリーの母親リリーに長い間憧れていたが、結局、
キッチンで珈琲を飲みながら他愛もない会話をする今の関係以上のもの
を望まなくて良かったのだと思う。
学生時代、あれほど対立していたジェームズたちともリリーとハリーとの
絆を介して信頼関係ができた。グリフィンドールとスリザリンの歴史的な
敵対関係から考えて、これは奇跡的なことだ。
何より、グリフィンドールの中で育っているハリーが、スリザリンの自分に
懐いてくれている。これ以上望むことはない。
ハリーには、夢の中でも笑っていてほしい。
そんな願いを込めて、古い時代から伝わる子の悪夢を消してしまうという
子守歌を低い声で囁くように歌った。いつのまにか猫のジョーが、ハリーの
ベッドに上ってきて、布団の上でまるくなった。

「おとなになったら、わがはいにプロポーズしてけっこんする!」

会う度にそう宣言する無邪気なハリーに、不器用なセブルスはどこから
訂正してよいやらわからず、いつも曖昧に微笑んでやり過ごしているが、
今、閉じた長い睫毛が濃い影をおとし、安らかな寝息をたてている子ども
のことをずっと見守っていきたい。それがセブルスの偽らざる願いだった。
 そういえば、今年はフェリックス・フェリシスをプレゼントするために半年
前から準備した。ハリーは喜んでくれたし、シリウスが若干悔しそうな表情
をしたので成功だ。来年のプレゼントはもっと難易度の高い薬にしようか。
それとも、魔法薬の救急キットを用意するのも実用的で面白いかもしれ
ないし、解毒の万能薬ベアゾール石を贈ってみるのも気が利いているの
ではないだろうか。何しろハリーは好奇心旺盛で元気の良い男の子なの
だから、怪我をしたり、不測の事態に備えておけば安心だ。
そんなことを思いながら、早速、布団を蹴ってはみだした元気のいい足
に布団をかけなおしてやるのだった。




注)ハリーのプロポーズは本気です。セブルスは12年後くらいに思い知る
  ことになります(笑)

  ジェームズは、学生時代にひそかにセブルスのことが好きだっ
  た(散々苛めた後に自分の気持ちに気づいてたので手遅れだった)
  ので、今でもセブの前では格好つけています。

  この世界では、トム・リドルはおじいちゃん(校長)が学生時代に気合を
  入れて根性の矯正に努めたため、それほど邪悪化しませんでした。
  それでも、まぁ、ちょっとは悪かったみたいです(セブも)。

(2011.7.31)

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