Anniversary

 
 夕焼けが徐々に暗い色に変わっていき夜に向かいかけている時刻、ロン
ドン・コベントハーゲン地区の大通りから少し奥に入ったところでこじんまり
としたフラワーショップを営んでいるアレックは紅茶を飲みながら休憩して
いた。パートナーのダイアナはパーティ用に注文されたアレンジを配達に
出かけている。今日は午後になってから先ほどまで客が続いたので、花
数も少なくなっているし早めに店仕舞いしてしまおうかとジンジャークッキ
ーを齧りながらぼんやりと考えていた。その時、新たな客が店に入ってき
た。予め何を買うか決めていたらしく、アレックが応対に出ると、

「この薔薇を。二十本ほど花束にして欲しい。余分な包装などはいらない」

と深紅の薔薇を指さした。アレックスが注文通りに薔薇の花束を作っている
間、客は落ち着いた様子で待っていた。肩のあたりまである黒髪にトレンチ
コートに深緑のマフラーをしている。知性的な顔立ちからして職業は学者
か研究職だろうか。できあがった花束を見せて確認をとると、肯いて金額
を尋ねた。客が札入れから紙幣を取り出す様子を見て、アレックスはふと
微かな違和感を覚えた。金額も正しかったし、そもそも綺麗な英語を話
し、服装も英国風なのだが、動作にどこかぎこちなさがある。変な所が目
に付くというよりも、間違いがないように慎重に気をつけているような丁寧
さがかえって僅かに異質さを醸していた。しかし初対面の客に、しかも正
しい英語を使っている人に外国人かと質問するのも失礼なのでいつも
通りの接客を続けた。
 花束を渡そうとした時に、客がこの近くのケーキ店の紙袋を提げている
ことに気づいた。パイが美味しいので有名な店で妻のダイアナはここの
アップルパイに目がない。アレックスの視線を察して客が、

「この店の糖蜜パイが好物で、」

と言いかけて、言葉が途切れた。自分の好物という意味ではないように
思えた。花束を贈る相手の好みなのだろう。そして、何となくだが妻で
はなく恋人のような気がした。この客は家族がいてもおかしくない年齢に
見えるが、家庭的な雰囲気がしない。

「僕の妻も、ここのパイが大好きなんですよ。美味しいですよね。何だか
食べたくなったな。今日買って帰ろうかな」

笑顔で話しかけると、客は同意するように肯いて花束を受け取った。確認
するように薔薇の花束に視線を落とすと、礼を言ってから落ち着いた足取
りで店を出た。アレックは一緒に店の外まで出て見送る。ケーキの紙袋と
花束を持って足早に去って行く後ろ姿は姿勢正しく厳格にすら見えたが、
アレックは肩のあたりに照れのようなものを感じた。アレックは自然に笑み
がこぼれた。今日はもう店を閉めて、あの店でパイを買って帰ることにしよ
う。今日は寒いからグラタンでも作ろうか。あれなら簡単だし失敗がない。
そして食後にアップルパイを出す。オーブンで温めておいてアイスクリー
ムを添えるのを忘れてはいけない。ダイアナの喜ぶ顔を思い浮かべると、
アレックスは急いで店を片づけ始めた。


 玄関にまでキッチンから美味しそうな匂いが漂ってくるのと同時に、騒々
しい物音が聞こえてきた。セブルスがキッチンに顔を見せると、ハリーが
おかえり、寒かったでしょと声をかけてきた。キッチンのガスコンロの上で、
ぐつぐつと煮えた音をたてている野菜がたくさん入っていることが自慢の
ミネストローネの味を見ながら、横の大鍋に杖を降って中の水を一気に
沸騰させてからコンロの火をつけた。

「すぐにパスタ茹でるよ。今、ソースができたところ。セブルスが帰ってくる
のを待ってたんだ」

そんな事を言うハリーの頭上をパスタの束が掠め、熱湯がぼこぼこと泡立
っている大鍋の中に飛び込んでいった。入れ替わりにオーブンの中から
飛び出して、勢いよく空中を放物線を描きながらこちらに向かってきたロー
ストビーフを、ハリーはクディッチの天才シーカーらしい俊敏な動きで大皿
でキャッチした。杖を振って、先に焼きあがったラムレッグの載った大皿が
ミントソースの壜を連れてダイニングルームに向かっている後を追うように
指示を出す。宙に浮かんだローストビーフの大皿がセブルスの前を横切っ
ていった。ハリーの料理の仕方は目まぐるしいことこの上なく、かなり大雑
把なのだが、何故か出来上がりはいつもそれなりに整っており、味も良い
のだった。
ぐらぐらと熱湯が煮えたぎっている大鍋の前で、慌ただしくキスを交わす。
セブルスの首筋に顔を埋めたハリーが、冬の匂いがすると笑う。ハリーの
鼻息がくすぐったいので、セブルスは振り払いがてら手に持っていた荷物
を素っ気ない様子でハリーに手渡した。
書店に寄った帰りにたまたま通りかかったから、などと見え透いた事を言
うセブルスのことがハリーは可愛くて仕方ない。今日は一緒に暮らし始め
た記念日だ。ハリーは手帳に三重丸をつけて、半年前から休暇の申請を
出していたのだ。
セブルスが外出してから、午後はディナーの準備にかかりきりだった。
忘れたふりをしているセブルスを気づいていないように泳がせておくの
は、ハリーの性格からして難しかったが何とか堪えた。二人で話し合っ
て記念日の祝い方を決めた方がもっと長い期間楽しめると思うのだが、
セブルスはそういう面で病的にシャイなので仕方ないと諦めている。

「わっ、僕のお気に入りの店で買ってきてくれたんだ。糖蜜パイ?そうに
決まってるね!この薔薇はあの店の近くのフラワーショップのだね。
え?、わかるよ。特別な色をしているもの。あそこは知る人ぞ知る店で
マグルの芸能人も利用してるらしいよ。奥さんのアレンジが評判なんだ
って。僕も何度か行ったことあるけどお洒落だよね」

滔々と豆知識を語るハリーにセブルスは面食らった。ケーキ屋の近所
だから入ったのだが、地味な店構えだったし、店員も紅茶なぞ飲んで暇
そうにしていた。接客態度は好感が持てたが、そんなに評判になって
いるようには見えなかった。それにしてもいつも思うのだが、この年若い
恋人は、魔法界とマグルの世界の両方の流行に敏感でやたらに詳しい。
同じ年頃だったらきっと趣味が合わないという理由で別れていたに違い
ない。

「ありがとう、セブルス。僕が好きなものを覚えていてくれて。これからも
ずっと一緒にいようね」

反論も皮肉も今日は受け付けないとばかりに、再びハリーが口づけて
きた。セブルスは、大人になるのはまだ先でもいいかもしれないと常にな
く甘く考えながらそれに応えたのだった。

(2011.11.22)

【補足】
 いい夫婦の日ということで。前半、知らない夫婦がでてますが。いや、
だって考えてみたら、このハリスネは夫婦じゃないなぁと思って(笑)
 ハリーが張り切って作った料理は、書ききれなかった付け合せの野菜
やベイクドポテトなど盛りだくさんすぎて、もちろん大量に残ります。
夜は他にやることもあるし、あんまり満腹すぎてもね(笑)
ローストビーフとラムレッグは、次の日にでもハリーがサンドイッチにリ
メイクしたりするのかなとか想像してみましたが、またハリーの仕事が忙
しくなっちゃって大鍋いっぱいあるミネストローネを毎日毎日、一人黙々
と食べ続けているスネの姿も目に浮かびます。何か実だくさんな上に豆
入りで、火を入れるたびにその豆がふくれちゃって食べても食べても減
らないのです。で、スネはずっと食べ続ける羽目になる。スネは味に
こだわりがなさそうですよね。毒かそうでないかとかそういう基準で物を
食べてそうな気がします。


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