All Hallows' Eve

 
  ホグワーツの魔法薬学教授セブルス・スネイプは、スピナーズエンドに
ある実家の玄関のエントランスに立ち尽くしていた。約束の時間を少し過ぎ
ている。コンコンと玄関の扉をノックする音がした。深呼吸してから、扉を開
けた。

「とりっく おあ とりーと!!!」

 精一杯、恐ろしげな声を出そうとして可愛らしいソプラノの声が震えてい
る。自分の演技に自分でおかしくなったのだろう。目につくものが何でも
面白い、そういう年頃だ。黒い癖っ毛も楽しそうにふわふわと揺れている。
 顔には頭蓋骨のマスクをつけ、白いフェルトで骸骨が縫いつけられてい
るジャージ地の黒のジャンプスーツを着ている。この小さな骨格標本は、
すでに他の場所をまわってきたらしく、片手に持った籠はお菓子で一杯だ
った。セブルスはその一番上に緑色のリボンで飾った紙袋をおいた。
先週、わざわざハニーデュークスに出向いて買っておいたものだ。

「ありがと!わがはい!」

仮マスクを頭の上に上げて、明るいグリーンアイがセブルスに笑いかけ
た。それから、いつものように思い切りセブルスに飛びついてくる。

「皆も中に入って休んでいけばよい」

ハリーの手を引いて中に入りかけながらセブルスが声をかけると、どこか
らともなく鹿と黒い大きな犬が現れた。よく見ると犬の耳には鼠がしがみつ
いている。草臥れたローブを着た魔法使いと、燃えるようなストロベリー
ブロンドとグリーンアイの魔女も一緒だ。

「お前は狼にならなかったのか、リーマス」

とセブルスが魔法使いに声をかけた。

「相変わらず冗談がきついね、セブルス。僕が狼になったら洒落になら
ないじゃない」

「あのね、あのね、うちにもお菓子をもらいにきたんだよ!」

ハリーが飛び跳ねるように歩きながら、セブルスに話しかけてきた。

「マグルの子か?」

ハリーの暮らすゴドリックバレーはマグルと魔法使いの家が混在してい
るのだ。

「ううん、おじいちゃんだったの!」

「おじいちゃん?」

「うん、はげてた」

子どもははっきり真実を言うなとセブルスは思いながらハリーの話に
耳を傾けていると、

「へびのおじいちゃん」

「へび?」

嫌な予感がして聞き返したセブルスに、ハリーは説明した。

「くびにへびみたいなマフラーしてたよ」

「ぼくね、そなたはナギニか?ってきかれたの。ちがうっていったらがっかり
してた」

セブルスは目眩を覚えたが、こめかみをおさえて落ち着こうとした。

「わがはい?」

ハリーの大きな緑色の瞳が不思議そうに見上げてきた。むっちりと肉付き
のよい小さな手がセブルスを手招きする。

「よしよし、だいじょうぶ、だいじょうぶ」

いつも母親にしてもらっている通りに、セブルスを慰めてくれる。そっとハリ
ーを抱きしめると癖っ毛から陽向の匂いがした。よく太った小さな手がセブ
ルスの頬にあてられ、ハリーのまるい顔がさっと近づいてきて低い鼻と高
い鼻がすりすりとすり合わされた。少しだけ顔を離したハリーはセブルス
に笑いかけてきた。
骸骨柄のジャンプスーツを着たハリーがセブルスと一緒に家の中を探検し
てまわっている間に、リリーが大きなバスケットの中から、パンプキンパイ
や猫型のクッキー、あえて不気味な配色のゼリー、サンドイッチやチキンを
取り出してきた。人型に戻ったピーターが、わたわた慌てた様子でテーブル
セッティングを手伝った。ハリーたちが家の中を一周して戻ってくると、居間
はジェームズとシリウスとリーマスによっていくつもの巨大カボチャのランタ
ンの灯で暖かく照らされ、蝙蝠のおもちゃが飛びまわり、色とりどりの蜘蛛
の巣で飾られていた。セブルスが貯蔵庫から、魔女カボチャジュースとエ
ルフ製ワインを呼び寄せると、ジュースとワインは独りでにゴブレットに注
がれた。皆で乾杯すると後は無礼講だ。
誕生日の時のように、大好きな大人たちに囲まれてハリーは幸福だった。
セブルスの家を訪問するのを、最初にするか最後にするかが悩みどころだ
ったが、一番好きなものはやはり一番最後にして正解だった。セブルスの
家に初めて来たハリーは、本がぎっしり詰まった本棚に囲まれた部屋を
きょろきょろと眺めて、以前預けられたことのあるホグワーツの部屋と似
ているなと思った。わがはいにぎゅっとくっつくといつも良い匂いがする。
胸がドキドキするし、頭の中に心地の良い風が吹くような不思議な感じだ。
こういう気持ちをなんて呼ぶか知っているが、黙っている方がいいと最近
ハリーは考えている。切り札は最後まで見せないものだと、ゴッドファー
ザーのシリウスがカードゲームを教えてくれた時に言っていた。
 食事の後、お菓子のバスケットの一番上に置いておいたセブルスがハ
ニーデュークスで買ってきたお菓子の中にあった炭酸入りキャンディーを
舐めて、数センチ浮き上がると大喜びして、そのまま器用にくるくるまわっ
て見せて拍手喝采された。散々はしゃいだ後、ことんと眠ってしまった
ハリーに毛布を掛けておいて、少し離れた場所で、セブルスとシリウスが
声を殺して言い合いを始めた。

「どうして、あの方がゴドリックバレーに来たのだ!セキュリティはどうなっ
ている!」

「セキュリティに穴はなかった!チャイムが鳴るのと、ハリーがドアから飛び
出したのはほぼ同時で止める間がなかったんだよ!」

出会い頭に、ヴォルデモート卿とハリーは対面した。会うのは二回目になる
が、勿論両者ともそのことを覚えていなかった。そこで先程ハリーが話して
いたやりとりがあったのだった。
ヴォルデモート卿は数年前に、赤ん坊だったハリーと対峙した。
そして、すべての魔法力を失ったのだ。もともと危険な魔法を試しすぎてヴ
ォルデモートの身体は脆くなっていたところに、愛情の鉄壁に守られていた
ハリーが弾いた自身の魔法が直撃したのだ。その結果、ヴォルデモートは
無力なトム・リドルとなり、それまで無理をしていた反動か、瞬く間に衰えて
しまった。ポッター夫妻の強い意向もあり、事件は事故として処理され、ヴ
ォルデモートもアズカバンではなく然るべき施設に収容され、いわば保護
されて生きていくことになったのだった。

セブルスが、はっとした。

「ルシウス・マルフォイだ!マルフォイが連れてきたのだ…。あの人らし
いいやがらせだ」

「仮にもかつて仕えていた相手じゃないのかよ。おどかしのネタに連れ出す
なんて不敬だろ」

「マルフォイにしたらちょっとした冗談のつもりだ。そういう人だ」

シリウスがこれだからスリザリンの連中は、とぶつぶつ言う横でピーターが
おろおろとポッター夫妻とリーマスに助けを求める視線を送っていた。

「まぁ、ハリーは無事だったんだしね。トム・リドルの方も職員がすぐに迎え
に来て引き取っていったことだし」

とリーマスが取りなすと、ポッター夫妻も同意した。

「トム・リドルのいる施設って、ゴドリックバレーのわりと近くにあるんだろ
う?」

「そうそう、入所者たちで羊を飼ったり畑で野菜を作ったり、料理したり、趣
味の陶芸とか何かいろいろやってるらしいわね。トムも普段は穏やかに暮
らしてるときいてるわ。ナギニと離ればなれになったのは可哀想だったけ
ど」

「全長が二メートル近い毒蛇じゃ無理だろ。マグルの動物園に送られて
展示されてるらしいが」

定期的に様子を見に行く魔法省の担当者の報告によれば、自分の言葉を
解する者を失って寂しいのかナギニは沈黙し続けているらしい。

「闇の帝王だの、死喰い人だのって、考えたら張り切りすぎなネーミング
だよな」

とシリウスが言い出し、

「毎年、空中交通法違反で検挙されてる奴に言われたくない」

とセブルスが返した時には、場の空気も和んでいた。
ポッター夫妻と友人たちにとって、世間を騒がしたヴォルデモートと小さな
ハリーがいつまでも関連づけられるのが心配だった。ハリーが特別な目で
見られることは避けたいので、ヴォルデモート、今はトム・リドルとして静か
に余生を過ごしている男と接触させないようにしてきたのだ。ハリーがホグ
ワーツに入学したら、また面倒がおきそうだった。マルフォイの息子のドラ
コとハリーは同級生だ。しかし、この間ダイアゴン横丁にハリーと出かけた
時に偶然マルフォイ親子に遭遇したが、ハリーは人懐っこい様子で笑って
いたし、すぐに打ち解けるだろう。ハリーはいつでも機嫌の良い子なので
誰とでも友達になれるので安心だ。セブルスはそんな風に考えて、皆と飲
み直すために新しいエルフワインを貯蔵庫から呼び寄せたのだった。


【補足】
闇の陣営は、原作ほど邪悪ではないです。私は何となく珍走団(暴
走族の呼び換え語)をイメージしてました。いや、違うかも。
でも、悪いことはしてました!
後、ピーターが闇の陣営に出入りしてるのをセブが見かけて、どうい
うことなんだろうと情報を得るために開心術と忘却術を交互にかけ
まくりピーターが廃人になりかけてたのにリーマスが気づいて事態
が発覚したという過去設定です。
シリウスは、「えっ、あいつ、いつもあんな感じじゃねぇの?」とかいう
感じで全然気づいてませんでした☆

(2011.10.30)

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